どうしてこんな事になってしまったのだろう。
どこで間違ってしまったのだろう。


リクオに敗北した玉章が呟いたのと同じ言葉がなまえの頭の中をぐるぐると回り続けていた。

追い詰められた玉章と対峙するリクオ達の前にまろび出た隠神刑部狸が、地に頭を伏して息子の命乞いをする間、なまえも弱りきった玉章を抱き支えながら、どうか彼を助けて欲しいと懇願した。

「お願いします…!私も一生をかけて償います!だから、この人を助けて下さい…お願いします!!」

本当に、心の底からそう思っていた。
なまえが一番誰かの助けを必要としていた時に玉章は手を差し出してくれた。
独りぼっちになるはずだった自分に居場所をくれた。
今度は自分が彼を助ける番だ。
そのためなら命も人生も全てを差し出しても構わない。


浮世絵町から去り、四国へと戻る道中、なまえは傷ついた妖怪達の治療に奔走した。
もちろん玉章の傷も治そうとしたのだが──。

治せない。

傷口はすぐに塞ぐ事は出来たけれど、斬り落とされた腕を元通りにすることまでは出来なかった。

「…もういい…」

ぼろぼろと涙をこぼしながら右腕を両手で包み込むなまえに、玉章が呟く。
プライドも何もかもを打ち砕かれた彼の口調には苛立ちはなく、ただ凪いだ海のように静かだった。

「もういいから、泣くんじゃないよ」

「でも、私…全然…役に立たないっ……」

「役に立つから傍に置こうとしたわけじゃない。約束しただろう」

瞳を瞬くとまた涙がこぼれ落ちた。
濡れた頬に左手で触れながら玉章がため息をつく。

「なんだ…覚えていたのは僕だけか……馬鹿みたいじゃないか…」


──君がお嫁さんにしてと言うから、僕は


小さな呟きは、確かにそう聞こえた。


「逃げるなら今の内だよ」

なまえを見ないまま、玉章が相変わらず静かな声で告げる。

「敗れた上に味方殺しの男についてきても何も良い事はない。今なら追われる事もなく逃げられるはずだ。そのまま元の通り人間の中に紛れ込んで生きれば、少なくとも妖怪同士のこんな争いに巻き込まれる心配はなくなる。…君の両親が望んだように、平和に生きられるだろう」

「嫌です」

なまえはきっぱりと言い切った。
事情を知り、玉章の父親と共に四国から駆けつけてきて初めて怒りを覚えていた。

「覚悟して来いって言ったのは玉章さんじゃないですか。腹なんてとっくに括ってます。一生一緒に生きるんです!一生、一緒に!」

玉章の着物の胸元を握って訴える。掴んでいるのか縋っているのか自分でももうよく分からない。

「…君は馬鹿な子だね」

残った左腕でなまえを緩く抱き寄せながら、玉章はふっと吐息をつくようにして微かに笑った。


 戻る  

- ナノ -