「佐助ー、今日のおやつなにー?」

手を洗って再びキッチンにやって来たなまえを、佐助は手のかかる子供を見る目つきで見ながら「たい焼きだよ」と言った。
彼にとってなまえは姪っ子のようなものだ。
いつだか彼は、「無邪気で良い子なんだけどねえ…真田の旦那とはまた違う意味で手がかかるよ」と天音にぼやいていた。
それでもせっせと世話を焼いてしまうのはもうそういう性分なのだろう。
彼はそろそろ諦めて自分のおかん属性を認めたほうがいい。
きっと色々と楽になれるはずだ。
なまえも天音も常々そう考えている。

「なまえちゃん」

たい焼きを手に玄関に向かう途中、なまえは天音に呼びとめられた。

「たぶん明日か明後日に元親が来ると思うんだけど」

「チカちゃんが? うん」

「電車で三駅先の巨大家電ショップに連れて行ってあげてくれる?」

「新しく出来たとこ? 了解!任せて!」

たい焼きを持っていないほうの手を振り、なまえは外に出て行った。
向かう先は家の裏山にある神社だ。

境内へと続く長い石段を上がりきり、ちょっと振り返って目の前に広がる絶景を眺めてから、なまえは社に歩いて行った。

ここは、天音と半兵衛が初めて会った場所。
不思議な縁に導かれ、時空を越えた愛で二人を結びつけた場所だ。

いつかなまえもそんな恋がしてみたいと密かに憧れていた。
だから、かつて少女だった天音がそうしていたように、毎日おやつの一部を御供えして願っている。

──いつか王子様が迎えに来てくれますように、と。

今日もまた、たい焼きを御供えしてお参りをしていると、境内にある『どこでもドア』がある場所がキラキラと輝きはじめた。

(誰だろう…?)

たい焼きを咥えながら誰が来るのか見守っていると、グニャリと歪んだ闇色の次元の向こうから、真っ白な二本の腕が現れて地面を掻いた。
続いて、赤い血にまみれた長い銀髪を垂らした上半身がずるりと這い出てくる。

(ひぎゃああああああああーーッッ!?)

心の中で絶叫し、たい焼きを咥えたまま固まっていると、ずるずると中から這い出てきたソレがゆらりと立ち上がった。
男だ。
すごく背が高い。

「おや……ここは…?」

血まみれの男はゆっくりと辺りを見渡し、「私は崖から落ちたはずですが…」と呟いた。
その眼がなまえの姿の上に止まる。

「……た……」

「“た”?」

「たい焼き、食べる?」

きょとんとした顔になった男の口元になまえはたい焼きを運んだ。

一瞬の間。

男の薄い唇が開き、たい焼きにぱくりと食いついた。



とりあえず血を洗い流さないと、と男の手を引いて自宅に連れて帰ったなまえは、関節剣を手にして美しい柳眉を吊り上げた半兵衛に
「捨ててきたまえ」
と叱られることになるのだが、しかしまあ、古今東西、恋は障害があるほうが燃え上がるものなのだ。



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