放っておいてくれればその内回復するからと言ったのだが、そうはいかない、恩人を見捨ててはいけないと、彼はずっと天音の傍についていてくれた。 一刻もしない内にすっかり体調は良くなり、天音と男は改めて向かいあって座っていた。 相変わらず布団は敷いてあるが、色っぽい雰囲気には程遠い。 いや、男は物凄く色気はあるのだが、何しろ相手は病み上がりだし、天音もまた病み上がりのようなものだったので、そういう雰囲気にはなり様もなかった。 「そういえば、まだ名乗ってもいなかったね。僕は、」 「ま、待って下さい!」 天音は咄嗟に両手を前に出してストップをかけた。 男は不思議そうに瞳を瞬いている。 でも、そんな様子に騙されてはいけないと天音の勘が訴えていた。 「どなたにお仕えなのかは分かりませんが、あなたが地位のある武将だということは分かります。だから、病を患っていたという秘密を守るためにも、私は貴方が何者なのか知らないほうが良いと思うんです」 「なるほど」 「私は恩を売りたくて治療したわけじゃありませんし、あなたが何処のどなたか知らないまま別れたほうが、きっとあなたも面倒な事にならずに済みますよね?」 「その通り。君は可愛らしいだけでなく聡明な女性だね」 男は輝くような笑みを見せた。 良かった、わかってもらえてと、天音もほっとして笑顔になる。 「僕は竹中半兵衛。豊臣軍の参謀だ」 男はさらりと名乗った。 そうして、思わず絶句してしまった天音に向かって艶然と微笑む。 「さて……聡い君なら、僕があえて名乗った意味が勿論分かるだろう?」 ええ、勿論。 この男は、半兵衛は、天音を無罪放免にすれ気などなかったのだ。 初めから。 |