波乱の一夜が明け、天音は馬に揺られていた。 いつもの女将さんのお古を仕立て直した着物ではなく、小綺麗な小袖を着て、頭には麻の虫垂れ衣が付いた市女笠を被っている。 「そうしていると、姫君のように見えなくもないね」 「半兵衛さんも違う意味で怪しさ満点で似合ってますよ」 天音を自分の前に座らせて後ろから馬の手綱をとっている半兵衛は、またあの深網笠を被っていた。 天音はもうこれが彼の偵察用の恰好だということを知っている。 本人の口からそう説明されたのだ。 行き先は大阪。 正体がバレた以上、奥州においてはおけないということで、天音は半兵衛に連れて行かれる事になってしまったのだった。 「決して不自由な思いはさせない」 歌うような声音で半兵衛が言う。 「衣食住は当然保証するし、僕に出来得る限りの事はさせて貰うつもりだ。君はただ僕の傍にいてくれればいい」 「……何だか求愛してるみたいに聞こえますよ」 「そう受け取って貰って構わないよ。君を口説いていることに変わりはないからね」 病を治せた事が嬉しくてたまらないのだろう。 半兵衛は随分機嫌が良さそうだ。 改めて見ると、彼は本当に美しかった。 綿菓子みたいにふわふわした髪の下には綺麗に整った顔があって、その下には武人として鍛えられた肉体がある。 白皙の美貌と呼ぶに相応しい造作だ。 「君は僕を卑怯だと思うかい?」 「…わかりません」 「君には感謝しているんだよ。本当に」 ふ、と吐息のような儚げな溜め息が頭上で聞こえた。 「山城で朽ちゆくはずだった身だ。今更命など惜しくはない……そう思っていた。目的の為には努力を惜しまなかった」 かろうじて今年の冬を越せていたとしても、次の春を待たずして終わりの刻を迎えていただろう。 だからこそ、一日も早く秀吉の天下をと急いでいたのだ。 焦燥に追いたてられるままに奥州まで自ら足を運び、そしてそこで彼女に出逢った。 「今は、ほんの僅かでも永く生きたいと考えている。勿論、秀吉と彼の国を築く為なら命を惜しむつもりはない。それでも、諦めかけていた願いを、気付かないふりをしてきた生への執着を呼び覚ましたのは君だ、天音」 |