この世界へ来て暫く経ってから気が付いた変化。
それは、自分に今までに無かった不思議な力が身についているということだった。

傷や、病を治す力。
いわゆる治癒能力と呼ばれる力が天音の中に生まれていたのだ。

治癒の際に重要となってくるのは、天音の手と患部との距離だ。
患部に直接手を触れて行ったときのほうが、治癒の力がより早くより強力に浸透していくようで、治りが早い。

胸を病んでいるんですね、と問いかけると、男は目を閉じて肯定した。

恐らくは肺。
結核か、他の肺病なのかは解らないが、場所さえ解れば治せるはずだ。
傷口が晒されている外傷とは違い、彼の病巣は、皮膚と筋肉と骨を隔てた胸の奥にある。
実際にやってみなければわからないが、力の効きが悪く、一度では完全に治療出来ないかもしれない。
それでも、この一回分だけでも確実に命が延びることは間違いない。

「少しじっとしていて下さい」

天音は男の胸の上にそっと手をあて、圧迫しないように気をつけながらそこへ意識を集中した。

「……これは……」

男の驚愕の声が耳に届くが、構わず意識を集中し続けた。
頭の中にイメージが浮かぶ。
黒く塗り潰されかけていた肺が、ゆっくりと洗い流されて綺麗になっていく映像を思い浮かべる。
汚れは菌であり、彼を蝕む病の源だ。
それが少しずつ消えていく。

暫くそうして集中し続けていた天音は、やがてそっと手を離した。

「…………はあ…」

大きく溜め息をついて、その場に崩れ落ちるように丸くなる。
コレをやると、町内を全力疾走で一周するぐらい疲れるのだ。

「大丈夫かい?」

今度は立場が逆だ。
天音は身を起こした男の腕に抱き支えられた。

「もう苦しくないですか…?」

「ああ、嘘のように苦痛が無くなった。どういう原理なのかは解らないが、間違いなく君のお陰だ。そうだろう?」

「はい…」

「不思議だね…まるで清流で洗い浄められているかのような心地良さだった」

天音の顔にかかった髪を優しく指で梳き流して、男が淡く微笑む。

「有り難う。君は命の恩人だ」

「私のほうこそ…助けてくれて有り難うございます。あなたは命の恩人です」

「ふふ…そうか、僕達は互いに相手の恩人というわけだね」


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