その夜、美しい鬼を見た。


月のように輝く刃で鬼が斬り伏せたのは、山を越えて物盗りに来た夜盗の集団の一人だ。
初めは自分達の前に現れた相手を優男と侮り、嘲りを隠しもしない笑い声をあげていた男達の声は、すぐに恐怖に満ちた悲鳴と叫び声へと変わった。

白い鬼は、まるで鞭のようにしなる剣を優雅に操り、瞬く間に屍の山を築いていく。
地面に落ちた桜の花びらを巻き上げながら襲いくる刃に、既に逃げ腰になっていた男達はひとたまりもなく斬り捨てられていった。


「大丈夫かい?」


手袋を填めた手が自分に向かって伸びてくるのを、天音はただ呆然と見守っていた。
その手が優しく頬を撫で、天音の手を取って立ち上がらせる。
服装に乱れはない。
その前に彼が現れたからだ。

「怪我がなくて良かった。直に騒ぎを聞き付けた村人がここへ来るだろう。出来れば伊達軍の人間が来る前に移動したいんだが……」

言いかけた男が、不意に口許を手で覆って咳き込みはじめたのを見て、天音はようやく我にかえった。

男は身を折るようにして苦しげに咳き込み続けている。
普通の咳ではない、と天音はすぐにわかった。
地面に散った桜の花びらの上に、ぱたぱたと赤い雫が落ちる。

「動けますか?とにかく、ここを離れましょう。私に掴まって下さい」

「…ああ、すまない」

天音は男に肩を貸して、精一杯急いで自分が借りている部屋へ向かった。
さっきの彼の言い方からして、伊達軍に見つかってはまずい事情があるに違いない。
とにかく何処かに匿う必要があった。



「これで口の中を濯いで下さい。飲まずに、血を吐き出して」

部屋につくと、天音は男に水を汲んで渡した。
血が喉に詰まって窒息するのを防ぐためだ。

言われた通り、口の中を水で濯いだ男は、もうそうするのさえ苦しそうな様子だった。
その彼の身体をそっと布団の上に横たえる。
横になった男は、溜め息のように深く息を吐き出し、目を閉じた。

「あの…服を…脱がせてもいいですか?」

男の瞼が持ち上がり、宝石のような紫色の瞳が横目で天音を見る。
その唇が緩やかに弧を描いた。

「…その様子では、褥に誘って貰えたわけではなさそうだね…」

「ち、違いますっ!」

天音は真っ赤になった。
でもまあ、冗談を言う余裕が出てきたのは良い事だ。
最悪、手遅れになるかもしれない可能性もあったのだから。


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