「やっぱり竹中君!後ろ姿と声で竹中君だってすぐ解ったわ」

半兵衛ににこやかに笑いかける女性は、たぶん兄と同じくらいの年齢だ。
派手過ぎず地味過ぎないカラーリングの髪は完璧な角度でふんわりと巻かれ、上品な春色のスーツに身を包んでいる。
腕にはブランドのバッグと買い物カゴを提げていた。

「君か」

「久しぶりー。卒業以来? こんな所で会うなんてすごい偶然!」

「ああ、そうだね」

場所が場所だけに半兵衛は苦笑した。
同じ地元出身というわけでもなければ、ここが地元のスーパーというわけでもない。
確かに凄い偶然としか言い様がなかった。

「大学で同じゼミだったんだ」

半兵衛が天音に説明する。
天音は女性に向かってぺこりと軽く頭を下げた。

優しげな笑顔を浮かべたままの女性の視線が鋭く全身をチェックしたのを感じたが、これはもう仕方がないだろう。
同性としてその気持ちは分からなくもない。

「その子は竹中君の妹さん?」

「一緒に暮らしている女性だよ」

天音は半兵衛の隣で愛想笑いを貼り付けたまま固まった。
確かにそうだけども!

「え…でも、さっき、お兄ちゃんって呼んでなかった?」

「そうだったかな?」

半兵衛は小首を傾げてとぼけて見せた。

そんな兄を見て、どうやら話を合わせたほうが良さそうだと考えた天音は、確認するような視線を投げかけてくる女性に曖昧な笑顔を返した。
たぶん、半兵衛はこの人に私生活を明かしたくないんだろう。

「あー…じゃあ、私の勘違いかも…」

幸い、突っ込んで聞いてくるほど無神経な相手ではなかったようだ。
あるいはそうしてガンガン攻めると半兵衛に容赦なく拒絶されると理解しているせいかもしれない。
兄と同じ大学だったのなら頭もいいはずだし、なるほどなと思った。
こういう女性は特攻してきて玉砕するタイプよりも扱いが面倒なんだろう。
モテる男は辛いね、と天音は心の中でそっと兄に同情した。

「せっかくこうして会えたんだから、連絡先を交換しない?また今度みんなで一緒に集まったりするときに、竹中君も誘いたいんだけど」

「すまないね。今日は携帯は持って来ていないんだ」

「そ、そう…じゃあ、これ。私の名刺。気が向いたら連絡して」

半兵衛は紳士的に名刺を受け取ったが、相手の女性も天音も、彼がその名刺の番号に連絡することは決してないと分かっていた。

「それじゃあ、また」

そう挨拶して別れる間際、女性の視線が天音に突き刺さった。



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