「君も君だ」

半兵衛がキッと天音を睨みつける。
どうやら怒りの矛先は松永から彼女へと移ったらしい。
綺麗な顔立ちをしているだけに怒ると迫力がある。

「あんな男と二人きりになるなんて不用心にも程がある」

「大丈夫、何もされてないから」

「されそうだったじゃないか!」

「あれは竹中君が近くまで来てるのに気が付いて嫌がらせでやったんだと思う」

潔癖な生徒会副会長をわざと怒らせて反応を楽しみたかったのだろうと教えると、半兵衛の綺麗な顔が歪んだ。
今はもうここにはいない教師に向かって「悪趣味な」と吐き捨てる。

「ああいうタイプはまともに相手をしちゃダメ。嫌がれば嫌がるほど喜ばせるだけだから、適当にスルーするのが一番だよ」

「…分かっているつもりだったんだけどね」

半兵衛は深くため息をついた。
冷静さを失ってまんまと遊ばれてしまったことが悔しいのだろう。

「でも、ちょうど良かったよ。君に聞きたいことがあったんだ」

「私に?」

「ああ」

半兵衛が天音の自由なほうの手を掴んで窓を背にする位置に立たせた。
そういえばまだ手首を掴まれたままだった。
これで両手とも拘束されてしまったことになる。


「君はどうして僕を避けるんだ」


半兵衛が静かな声で言った。
闇に沈む寸前の太陽の残光で眼鏡が光っていて瞳が見えない。
夕日に染まった白銀の髪の下に見える美しい顔からは、完全に表情が消え失せている。

「さ、避けてなんか……」

「いないと言うつもりかい?」

淡い桜色をした唇に笑みが乗る。
凄みのある微笑だった。

「見くびらないでくれ。入学当初から君はずっと僕を避けている。君を見ていた僕が気付かないわけがないだろう?」

いたたまれずに天音が身じろぎすると、逃がさないと言わんばかりに手首を握る半兵衛の手に力がこもった。

「そんなに僕が嫌いかい?」

悲しそうな声音で尋ねられ、ぶんぶんと首を横に振る。
嫌いなわけがない。

「じゃあ、どうして?」

答えられずに俯くと、ふっと目の前の空気が揺らいだ。

顔を上げると、驚くほど近くに半兵衛の綺麗な顔があった。
紫の瞳と目と目があって心臓が大きく高鳴る。

「? 竹中く……」

最後まで言い切ることは出来なかった。
柔らかくて弾力があるものが唇に触れて、また離れていく、その独特の感触。

いつの間にか手首を拘束していた手は離されていた。
驚きに固まっていた天音がズルズルと滑り落ちて床に座りこんだのを追って、半兵衛が身を屈める。

再び近づいてくる綺麗な顔。

状況を飲み込めない内にされた二度目の口付けは、最初のものより深く甘やかだった。
唇を重ね合わせ、少し離してから柔らかく啄まれ、角度を変えてまた口付ける。



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