「ちょうど僕も時間が空いたところだから、家まで送ろう」

「い、いえ、そんなっ」

「秀吉」

慌てて断ろうとする私の言葉を遮って、竹中先生は秀吉先生に声をかけた。

「天音君を送ってくるよ」

「うむ、頼んだぞ、半兵衛」

秀吉先生は鷹揚に頷いた。
秀吉先生に他意はなく、純粋に私を思いやってくれてのことだとわかるから余計にやりきれない。
兄はもう跪いてはいなかったが、悔しそうな表情で佇んでいた。
またもや家康先輩を斬滅する許可を得られなかったからだろう。
もう何度となく繰り返されているやり取りだ。
その兄が、今の会話を聞いて、私にとっては助け船とも言える言葉を発した。

「どうかお気遣いなく。私の愚妹のために半兵衛様のお手を煩わせるわけには参りません」

「兄の言う通りです。私なら一人で帰れますから心配しないで下さい」

「年長者の好意には素直に甘えるものだよ。さあ、おいで」

私は竹中先生に連行された。


教職員用の駐車場までやってくると、竹中先生はポケットからキーを取り出して車のロックを外した。
リモコンみたいになっていて、鍵穴に直接キーを入れずに操作するタイプのものだ。
助手席のドアを開き、そこへ乗るよう促される。

「本当に良いんですか?」

「ああ、勿論」

おずおずと助手席に乗り込んだ私を、竹中先生はドア横に腕をついて覗き込みながら満足そうに微笑んだ。

「助手席に女性を乗せるのは君が初めてだ」

「えっ!?…じょ、冗談ですよね?」

「本当だよ。面倒な事は嫌いでね」

竹中先生は笑って助手席のドアを閉めた。
外側から操作したらしく、私が見ている前でドアにロックがかかる。
反対側の運転席から乗り込んできた竹中先生がシートベルトを締めるのを見て私も慌てて締めた。

「妙な期待を持たせないように、女性は乗せないことにしているんだ」

エンジンがかかる。
動き出した車の中、ハンドルを握る竹中先生の横顔を見て、ああそういうことか、と私は納得すると同時に少しほっとした。

「私は先生の生徒だから、余計な心配はしなくて済むから安心ですよね」

「そういう意味じゃないんだが……まあ、良いさ」

整った唇に浮かんだ笑みの意味がわからず首を傾げていると、車は大きな通りに出た。
でも方向がおかしい。

「あの…?」

「せっかくだから何処かでお茶でも飲みながら話をしよう。お互いを知る良い機会だと思わないかい?」

固まってしまった私を紫色の瞳がチラリと流し見た。
その色っぽさときたら、ただの女子高生には刺激が強すぎて目眩を感じるほどだった。

「心配しなくても、お茶を飲むだけでちゃんと帰してあげるよ。──今日は、ね」


お兄ちゃん、助け……いや、ダメだ。喜んで差し出されそうだ。

秀吉先生、助けて下さい。



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