私の兄はどうかしている。
妹である私がそう思うぐらいだから、一般人にはドン引きレベルだ。

ルックスは悪くない。
少々個性的な前髪を除けば細面のクールなイケメンで通る容姿の持ち主なので、女の子にはわりとモテる。
でもそれ以上に怖がられる。

成績も悪くない。
頭はかなり良いほうだし、剣道をやっているのでスポーツも得意だ。
何がマズイかというと、


「秀吉様!私にあの男を斬滅する許可を!」


これだ。

立派な体格をした男性の前に跪いて訴える兄の姿を見て、私は深くため息をついた。
私の兄の三成は、婆裟羅学園の理事長であるこの豊臣秀吉という人物を心の底から崇拝している。
確かに秀吉先生は私から見ても尊敬に値する素晴らしい人だとは思う。
でも兄の心酔っぷりは普通じゃない。
もうヤンデレとかそういうレベルだ。

秀吉先生は、何というか……優秀だけどちょっと性格がアレな感じの人間を惹き付ける才能があるようで、秀吉先生の周りには兄のようなちょっと危険なタイプの人間が少なくない。
それが私には恐ろしい。
これが身内の問題でなければ「秀吉先生も大変だなあ」で済むのだが、実兄が当事者ともなると他人事では済まないからだ。

事実、兄を知る者達からは、
「ほら、あれが石田三成の妹の…」
「ああ、あれが石田三成の妹の…」
という目で見られてしまう。
これは青春真っ盛りの女子高生にとっては非常に由々しき事態だ。


「三成君はいつも元気だね」

ふと横から聞こえた、柔らかく甘い男性の声。

私はそちらを向いて声の主に軽く会釈をした。
見るからに仕立ての良いスーツをピシリと着こなした彼は、竹中半兵衛。
理事長の右腕と目されている人物だ。
中性的なその美貌を間近にすると、私はどうしても畏縮してしまう。
兄と同じくらい、あるいはそれ以上に秀吉先生に心酔している彼が私は少し苦手だった。

「今帰りかい?」

「はい」

背筋を正して向き合う私に、竹中先生はフッと笑った。

「そんなに畏まらなくていいと言ったろう? 君も三成君も、僕にとっては身内も同然の存在だ。他人行儀な態度をとられるのは逆に悲しいよ」

「すみません…どうしても緊張してしまって…」

竹中先生は「どうしたら慣れて貰えるのかな」と苦笑するけれど、そんな日が来るとはとても思えない。

それはたぶん、綺麗な顔立ちと綺麗な銀髪と綺麗な白い肌のせいで、キラキラ輝いて見えるほど“白”の印象が強い容姿の持ち主なのに、どうしてか闇を連想してしまうところだとか、怖いぐらいに秀吉先生を尊敬して秀吉先生に尽くしているからだとか、そういったこと全部が重なった理由からなのだと思う。

そして何よりも。
私がそうして彼が苦手で怖いと感じていることを、この人は間違いなく知っているはずなのだ。
知っていて、心の間隙を縫うように甘い笑顔と優しい言葉でじわりと侵蝕してくる。
それが怖くてたまらない。


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