放課後だというのに、格技場の中はフェンシング部の練習試合を見物に訪れたギャラリーで一杯だった。
その大半が女子である。
珍しく出席している半兵衛目当てのファンだということは明白だった。

半兵衛は基本的に女性には優しい。
頭脳明晰で容姿端麗、運動神経も抜群。
物腰柔らかく、紳士的で立ち居振る舞いも美しいとくればモテないほうがおかしい。
そこはかとなく滲み出るSっ気さえもが彼女達には魅力的に見えるようだ。

審判の指示で、白いユニフォームを着た部員が二人、構えの線の後方に立った。
片方はフェンシング部の主将。
もう片方が半兵衛だ。

「アンギャルド」

それぞれが剣を構える。

「エト・ヴ・プレ」

準備が出来たかを尋ねる言葉に各自が頷いたのを確認し、審判は片手を上げて合図した。

「アレ!」

その途端、恐ろしい速さで繰り出された半兵衛の剣が一瞬怯んだ様子を見せた相手に向かって襲いかかった。
まさしく電光石火の一撃。
沸き立つギャラリーの中で、天音もまた、優美でありながらも苛烈な半兵衛の攻めに見惚れていた。

試合は半兵衛の圧勝で終了した。
主審の「ラッサンブレ・サリュー(気をつけ・礼)」の合図を受けた二人が、握手を交わして互いに健闘を讃えあう。
主将は特に何か声をかけるでもなく半兵衛に背を向けた。
後輩であり、生徒会の仕事を優先させているために滅多に部活には出て来ない半兵衛に完敗した彼の胸の内は分からない。
だが、相当悔しいだろうなとは天音も思った。

半兵衛は、世界大会経験者である顧問から、もしも身体が丈夫であったならば世界も狙えたはずだと言わしめる程の実力の持ち主なのだ。
剣技は半兵衛の生まれつきの才能の一つと言えるだろう。

天は半兵衛に二物も三物も四物も与えた。
しかし、その代償はあまりにも大きい。
体調を崩して辛そうな表情でベッドの中で休んでいる彼を見る時など、そう思わずにはいられなかった。

ピストから退出した半兵衛は片手で無造作にマスクを取り、白銀の髪を柔らかくそよがせながら真っ直ぐこちらへ歩いてくる。

均整のとれた細身の身体に純白のユニフォームがよく似合っていた。
彼以上に優美で様になる人物はいないのではないかと思うほどだ。

「天音」

半兵衛に微笑みかけられた天音は周囲からの痛いくらいの視線を感じながらも、「お疲れさま」と何とか笑顔を返した。

「着替えてくるから待っていてくれ」

少し身を屈めるようにして天音に顔を近付け、半兵衛が囁く。

きゃあ、と小さな叫びがすぐ近くから上がった。
ひそひそと声を潜めた話し声には羨望が滲んでいる。
そして、たぶん嫉妬も。
それが怒りや恨みには変わらずにすぐに諦めへと変わっていくのは、天音と半兵衛が幼なじみだということを知っているからだろう。
半兵衛はそれらの視線や話し声を気にした様子もなく、凛と背筋を伸ばした後ろ姿を見せて去っていった。


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