結局病院に逆戻りになった副社長だったが、その後彼は驚異的な快復を見せた。


「観光…ですか?」

渡された資料に目を落として呟いた私に副社長が頷く。

「豊臣は今後リゾート部門を強化していく予定だ。次の会議で使用する資料をまとめたから、君も目を通しておいてくれ」

退院の手伝いのために病室を訪れたところ、副社長は復帰したらすぐにあるプロジェクトを進めていく予定であることを明かした。
ざっと資料を見た感じでは、どうやらターゲットを女性に絞って展開していくようだ。
温泉宿などでの「プチ贅沢」「自分へのご褒美プラン」といったテーマの宿泊プランが例としてあげられている。

「いいなあ、温泉」

資料の写真を見ていたら思わず本音が出てしまった。
私も癒されたい。

「温泉旅館に泊まるのもいいですけど、都会でも会社帰りに気軽に寄れるスパみたいなのがあるといいですよね」

「いいね。資料に加えておこう。女性の視点からの意見はとても参考になるよ」

パジャマの上にカーディガンを羽織った副社長はいかにも儚げな美人といった感じの風情だったが、テーブルにはノートパソコンが置かれ、仕事関係のファイルが積まれていて、本人も既に会社で見せる『副社長』の顔をしていた。
女性的な美貌なのに、それは紛れもない“男”を感じさせるもので、妙に私の心臓を騒がせる。

「退院後は君にも本格的に秘書として働いて貰うことになる。こき使うから覚悟しておいてくれたまえ」

「が…頑張ります」

ところが、その言葉は誇張でも冗談でもなかった。
退院した副社長は仕事の鬼と化したのである。
今までの分を取り戻そうと仕事に打ち込むその姿は鬼気迫るものがあった。
そして、それに付き合う私も鬼のようにこき使われた。



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