「──熱い」

お粥を渡しての第一声がそれだった。
綺麗な眉がぎゅっと寄せられている。

「あ、すみません」

持って来る間に冷めてしまったので病室に備えつけられているレンジで温めたのだが、少し熱すぎたようだ。

副社長がじっと私を見ている。
な……なんだろう。
何かを期待されているのは分かるけど、それがなんであるのか分からない。

副社長は、はあ…とため息をつくと、艶々ぷるぷるした唇を僅かに尖らせ、ふうふうと吹き冷ましてから再度スプーンを口に運んだ。

「少し塩分が多いね」

「すみません」

私はまた謝った。
なんだこれ。もしかしてパワハラか。
確かに人生初の手作り粥だけど。
自分でもほんのちょっとしょっぱいかもと思ったけど。

その後副社長は私が作ったお粥を黙々と召し上がった。
その間私はどうすれば良いかわからず、ただじっと座っていた。

そうしてお粥を完食した副社長は、何処の貴公子かと思うような優雅な仕草で口元をナプキンで拭き、グラスの水を飲んだ。
濡れた唇から吐き出された吐息が壮絶に色っぽい。
その唇が「天音君」と私を呼んだ。

「は、はいっ」

「明日はもう少し塩分を控えめにしてくれたまえ。具は鮭で頼むよ」

「はい──えっ……あの、明日は仕事が」

「秀吉から聞いていないのかい? 君は今日から僕専属の秘書になった。以前までの配属先には既に通達してあるはずだ。もう君のデスクはないよ」

「ええっ!?」

「それから、君は今日から僕の婚約者になった。退院したら籍を入れるからそのつもりでいるように」

「ええええっ!?」

副社長の手が私の左手を掴んで引き寄せる。
するりと薬指に填められたのは、銀色に輝く優美なリング。
もしかしなくても、これは。

「無くさないようにね」

しなやかな指で私の指を掬い上げて口元に運び、リングに唇を寄せながら副社長が妖しく笑った。



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