くしゅん、とくしゃみをした天音の肩に、後ろからふわりと何かが掛けられた。
深い紫色の羽織だ。
それを目で確認する前に、焚きしめられた香りでそれが半兵衛の羽織だということが天音には分かった。

「また熱が上がってしまうよ」

優しげな声音でそう言って窓を閉め、半兵衛は天音の身体を腕に掬い上げた。

「は、半兵衛さん…!」

緊張して身体を強ばらせる彼女に構わず、そのままお姫様抱っこで布団まで運んでいく。
布団は既に冷えていたが、畳や床板の上よりはまだましだ。
そこに天音を下ろした半兵衛は、しかしそのまま寝かせるのではなく、自らの温もりを分け与えるように彼女の身体に腕を回して抱き寄せたままチラリと布団の横の盆に目をやった。
今朝典医から処方されたはずの薬包が手付かずで放置されているのを見て、僅かに眉根を寄せる。

「意地を張らずに飲んだほうがいい。苦しいのは嫌だろう?」

天音は俯き、でも、と困惑したように小さく呟いた。

「それとも、毒ではないかと疑っているのかい?」

半兵衛の形の良い唇に微笑が揺らめく。
彼は何を思ったのか薬包の中身を口に含んだかと思うと、湯飲みに入っていた水をあおり、天音の唇に自らの唇を重ねた。

「んんっ…!?」

天音は驚いて抗おうとしたが、細くとも武人である男の腕はびくともしない。
そうするうちに、とうとう流し込まれたそれを飲み下してしまった。

「……ん、…んぅ…」

ごくんと飲み込んだ天音に、深く唇を合わせたまま半兵衛が目を細める。
それでも彼は、薬が残っていないのを確認するかのように口の中を執拗に舌で探り、天音の舌を舐め回してからようやく唇を解放してやった。

「良い子だ」

つ、と天音の口の端から一筋伝い落ちた唾液を半兵衛の親指が拭う。

「大丈夫、ただの熱冷ましだよ」

そう言って笑う彼の唇も、濡れてなまめかしく光っていた。

「そんな風に警戒してしまうのは、安芸にいたとき元就君に怪しげな薬を飲まされていたせいなのかな」

「そんなっ、違います!」

天音はぶんぶん首を横に振って否定した。

「元就さんはそんなこと、」

「…何故だろうね」

半兵衛は途中で遮った。
美しい顔に浮かんでいた微笑が消え失せている。
深い紫色をした彼の双眸が燃え上がっているように見え、天音は思わず息を飲んだ。

「君の口から彼の名前が出る度に苛々するよ」


君を最初に見つけたのが僕なら良かったのに


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