それは座敷牢と呼ぶには豪華過ぎ、愛妾の居室と呼ぶには些か物騒過ぎる造りの部屋だった。

まだ新しい畳の清々しい香りがする十二畳ほどの部屋は大変清潔で、生活するために必要な道具や調度品は完璧に揃っている。

窓には頑丈な格子。

廊下へ続く木戸には外側から錠が掛けられるようになっている。
普段は施錠されていないそれをそっと引き開ければ、すぐに誰かがやって来て、「お一人では危のうございます」と言って恭しくつき従う。
この建物の中は自由に歩き回れたが、何処に行っても常に人の目があった。

用心のためだよと半兵衛は言っていた。
厳重な警備をかいくぐって他国の間者が忍び込んで来ないとも限らないから、と。

外には出られない。

危険だからねと半兵衛は言っていた。
この大阪城の敷地内では、多くの豊臣の兵士達が日夜訓練に励んでいる。
その流れ矢に当たらないとも限らないから、というのが理由だった。

「……雪…?」

随分冷え込むと思ったら、空から白いものがひらひらと舞い降りてきた。
格子越しにそれを眺めていると、遠く微かに馬のいななきが聞こえてくる。
こんな立派なお城なのだから、きっと何処かに厩があるのだろう。

ここへ来る前にいた安芸の城にも厩があった。
元就はとうとう最後まで乗せてはくれなかったけれど。
天音が乗せられたのは、豪華な装飾と引戸のついた立派な輿だった。

「元就さん、元気かなあ……」

天音はぼんやりと雪を眺めながら、遠い地にいる毛利の当主のことを想った。

毛利元就は、ある日突然この戦国時代に落ちてきた天音を拾ってくれた恩人だ。
その元就のもとに同盟を締結しに訪れたのが、豊臣の軍師である竹中半兵衛だった。

その半兵衛が物陰でひどく咳き込んでいるのを偶然見つけた天音は、彼が胸を病んでいると知り、その病を治してしまったのである。
それは天音がこの世界に来たときに得た不思議な力だった。

半兵衛は驚き、次に自分を蝕んでいた不治の病が消え去ったことを理解して歓喜し、そして──この娘は“使える”と考えたようだ。

彼は元就に天音の身柄を譲り受けたいと申し出た。
拒否する理由もない元就はあっさり了承し、天音は遥々この大阪城まで連れて来られたというわけだ。
それ以来彼女は半兵衛によって用意されたこの部屋で暮らしている。

半兵衛は生まれつき身体が弱く、病がちだったそうで、豊臣秀吉の参謀として多忙な日々を過ごす今も体調を崩して熱を出したりすることが度々あったのだという。
更に胸を患ったことで、ここ暫くは酷い状態が続いていたらしい。
そこで天音の出番というわけである。
ただ、彼女の治癒能力は万能の魔法ではなく、弱点があった。
傷や病を癒す代わりに自分自身の体力を消耗してしまうのだ。


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