「それより、約束忘れないで下さいね。秀吉さまが天下を獲ったら、半兵衛さんを連れて帰るんですから。そうしたらすぐ病院に行かないと。向こうでは半兵衛さんの病気は薬で治るんですよ」

「ああ…そうだね」

半兵衛は内心呆れと微笑まさしさを感じながら、彼女に調子を合わせて相づちを打った。

半兵衛の夢が我が身と命をかけた人生の目標であるのに対し、彼女が語るのは限りなく実現する可能性の低い夢物語だ。

それでもいつか本当にそんな日が来れば良いと望んでしまうのは、この少女にほだされてしまっているからだろうか。

しかし、現実にはそれは叶わない夢であることも解っている。
恐らく彼女も本当は解っているのだ。
半兵衛の命はそれまで保たないと。

「それに、何兆何億ってある並行世界の数だけ半兵衛さんと私がいて、きっとその中には病気を治して幸せに暮らしている半兵衛さんもいるって私は信じてますから」

「可能性の数だけあるという世界のことかい? 途方もない話だ、ね…ッ」

突然バッと身を離した半兵衛は、左手で口を押さえて激しく咳き込んだ。

「半兵衛さんっ!」

大丈夫だと告げようとして、またもや激しい咳の発作に襲われる。

日増しに酷くなっていくな、と何処か冷えた頭の一部で考える。
咳をするたびに死が近づいてくるようだった。

ようやく咳が収まり、改めて向き合った少女の長い睫毛は涙で濡れ、大きな瞳は潤んでいた。

軽口を叩いているときや、半兵衛に伴われて戦に赴いても弱音ひとつ口にしない少女とはまるで別人のような儚げなその姿を目にした半兵衛の内から、じわりとこみあげてくるものがあった。
恐らくはこれが本来の彼女なのだと思う。

自分がしっかりしなければと必死に強くあろうとする健気さが痛ましかった。

あるいは、この戦乱の世で出逢ったのでなければ、彼女にこんな思いをさせずに済んだのだろうか。

「君が泣くことはないよ。せっかく可愛い顔をしているのだから、笑ってみせてくれ」

子供をあやす口調で言えば、天音の顔に泣き笑いのような表情が浮かぶ。

「こうやって飴と鞭で女の子をたぶらかすんですね」

「フフ、心外だな。たぶらかすだなんて」

半兵衛は右手で天音の頬を撫でた。
そうして親指を滑らせて、瞳の縁に溜まった涙を拭ってやる。

「君が考えている以上に僕は君を好いているよ」

叶わぬ夢を見てしまうくらいに。



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