「いくら精鋭揃いの軍でも、上官が無能では破滅するという良い例だね」

豊臣軍の進軍に対して、戦わずして恭順の意を示した者達は軍事力を温存出来た。
そうでなかった者達の末路が今目の前に広がっている。

避けきれずに馬に跳ね飛ばされたり踏みつけられたりした者達の叫び声と呻き声。
殺気立った空気に、戦の後で高揚した兵士達の間に漂う異様な熱気。
そして、土埃の中に充満した、男達の血と汗が入り混じった臭気。
視覚から入ってくる情報だけなら、映画やテレビの映像を見ているようで、現実感はなかったかもしれない。
そういったものを直に五感で感じることで、ああ、自分は戦場にいるのだと実感するのだった。

「その男は敵の残党だ」

兵が捕らえた者を冷たく見据えて半兵衛が言った。
槍で地面に押さえつけられた男は豊臣の兵士の格好をしている。
脂と泥にまみれた顔にはびっしょりと汗が滲んでいた。

「恐らくは、死んだ兵士の亡骸から鎧を奪ってなりすましていたのだろう。他にも紛れこんでいる可能性がある。点呼を行って不審な輩を洗い出せ」

「は…はい!」

驚いた事に、半兵衛は豊臣の兵士の顔と名前を全て記憶しているのだという。
この人の頭脳はいったいどうなっているのかと天音は不思議な思いだった。

神は彼に様々な才を与えた。
その代わり、その命はもうじき儚く散ろうとしている。

そのことを思うと天音は激しい焦燥にかられた。
早く、と思う。
早く、この人の夢が叶いますように、と。
そう願わずいられない。

「こういう事ってあるんですね」

「時折ね」

占領した地を歩みながら半兵衛が答える。

「食糧にもありつけるし、残党狩りからも逃れられる。一石二鳥というわけさ」

なるほど。
生きるための知恵というわけだ。
それでも半兵衛の慧眼の前には通用しなかったが。

「半兵衛様!」

兵士が一人、慌てた様子で駆けてきて半兵衛の目の前に控えた。

「申し上げます!ま、前田慶次なる者が、半兵衛様をお呼びしろと……」

「…なんだって?」

半兵衛の顔色が変わった。


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