半兵衛の腕は刀を振るうだけあって力強かった。
けれど、やはり細い。
悲しくなるほどに。

「急に静かになったね」

耳元に唇を寄せた半兵衛が囁く。
身体に回された腕は動いていないが、何だか二人の周りの空気が微妙に変わった気がする。
何か話したほうが良いのだろうか。

「半兵衛さんは、曲直瀬道三の『養生誹諧』は読んだことありますか?」

「ああ。秀吉にも勧めたよ」

「じゃあ『黄素妙論』は?」

「…君はおかしな事までよく知っているね」

「読んだんですか」

曲直瀬道三(まなせどうさん)は、日本医学中興の祖と称される名医であり、適切な衣食住を心がけた生活と、正しい男女の交合による健康法を説いている人物だ。
陰陽五行説に基づいた養生法を百二十首に詠み込んだものが、『養生誹諧』。
男女の交合の世界、つまり房中術を記した性技指南書が、『黄素妙論』である。

「そういうの興味なさそうなのに意外です。何だか半兵衛さんを見る目が変わりそう…」

「ひどいな」

半兵衛はくすくす笑った。

「男は教養の一貫として学ぶものなんだよ。そういう君も読んだんだろう?」

「いくらなんでも読んでませんよ。ただ、どういう内容のものか知ってるだけです」

「何なら試してみるかい?」

不意に半兵衛が身じろぎしたかと思うと、くるりと身体を仰向けにひっくり返された。

上から覆い被さってくる半兵衛の肩越しに天井が見える。

行灯の仄明かりに照らされた半兵衛は、凄絶なまでになまめかしく、透き通るようなという表現が相応しいその白い肌は、今は熱のせいで僅かに朱に染まっていた。

「熱がある人が何を言ってるんですか」

「そんな生意気を言う口は塞いでしまおう」

笑みを浮かべた半兵衛が顔を寄せてくる。
その唇は、乾いていて熱かった。

ほら、こんなに熱いのに。
呟いた天音の唇を半兵衛の柔らかいそれが啄んでくる。

しっとりと重なった唇同士が離れると、半兵衛は艷やかに微笑んで天音を見下ろした。

「君は実によく豊臣に貢献してくれている。望みのものがあれば何でも言ってくれて構わないんだよ。僕に出来ることなら何でもしよう」

言外にこれ以上の行為を仄めかしてみせても、天音は困ったように微笑んで首を横に振っただけだった。

「良いんです、私はこれで充分です」

「僕は生殺しか」

「病人は大人しく寝ないとダメですよ、半兵衛さん」



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