「天音、僕だ。入るよ」

「どうぞ」

襖越しに声をかけて部屋に入ると、天音は布団の上に座って膝に教科書を広げていた。
その枕元には、彼女の言うところの「看病セット」が既に準備されている。
半兵衛の視線がそれに流れたのを見て天音が口を開いた。

「女中さんに言ったらすぐに用意してくれました。なにしろ私は熱が出て寝込んでいますから」

「君には感謝しているよ」

「本当かなあ」

苦笑した半兵衛を、天音は布団をぽんぽんと叩いて「さあ、半兵衛さん」と呼んだ。

「人肌に暖めておきましたよ。早く入って下さい」

「有り難いけどね、少し大袈裟じゃないか?」

「だって、これくらいしないと半兵衛さん休んでくれないじゃないですか」

天音が体調不良だということにしておけば、水を入れた桶だの手拭いだのを所望しても怪しまれずに済む。

秀吉のために無理をする半兵衛。
解っていて無理をさせている秀吉。
天音は彼らのどちらも責める気にはなれなかった。

半兵衛は直ぐには横にはならず、布団の上に腰を降ろして座った。
天音は半兵衛に湯飲みと漢方薬を渡し、彼がそれを飲み下して横になると、じゃあ失礼しますと言って横に入っていった。

「君は何をしているのかな」

「半兵衛さんの湯たんぽ代わりになろうと思って。熱が上がりきって半兵衛さんが暑くなってきたら出ますから大丈夫ですよ」

「そういう問題じゃないよ。僕も男だということを忘れていないか」

「えっ!?」

「わざとらしく今思い出したというフリをするのはやめたまえ」

半兵衛が、はあと溜め息をつく。
本気で嫌がられているわけでもなく、また、力づくで追い出されないのをいいことに、天音は男の身体にぴたりとくっついた。
彼が焚きしめている上品な香の匂いがする。

「…君の時代の女性は、皆君のように恥じらいがないものなのかい?」

「さりげなく酷いですよ半兵衛さん。積極的な女の子もいれば、消極的な女の子もいます。でもやっぱり異性にモテるのは、守ってあげたくなるような清楚で優しそうな子ですね。女の子らしい子というか」

天音はそこでちょっと言葉を切って、溜め息混じりに続けた。

「私は見た目『だけ』はそういう女の子に見えるみたいで、勝手に勘違いした男の子に実は違うと分かった途端に勝手に幻滅されたりすることがよくありました」

「よく分かるよ」

「半兵衛さんまで……もういいです。兵士の人達に変な噂を流してあげますから」

「好きにすればいいよ。出来るものならね」

もそもそと布団から出て行こうとした身体を、背後からやんわりと抱きしめられて引き止められる。

「何処へ行くんだい?寒いじゃないか」

「半兵衛さんはツンデレですねっ」

「君は湯たんぽのくせに生意気だ」



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