安芸から戻った直後、天音が体調を崩した。

半兵衛からそう聞かされた秀吉は冷静に彼女の容態を尋ねた。
少し熱が高いが、流感ではないらしい。

「安芸の潮風が合わなかったか」

「どうだろう。単に慣れないこと続きで疲れが溜まっていたのかもしれない。長く床に伏せるほど酷くはないんだが、今の内に少し休ませてやりたくてね」

「構わん。お前も傍についていてやれ、半兵衛」

「ああ、そうさせてもらうよ。有難う、秀吉」

微笑んで退室していった友であり参謀でもある男を、秀吉は静かに見送った。
本当に養生が必要なのは誰であるのか解っていて、あえて知らぬふりをしたのだ。
友が隠す限り、秀吉はそれを暴くつもりはなかった。

身体をいとえと言ったところで、半兵衛が素直に聞き入れるとも思えない。
それならば、天音の作戦に乗って少しでも休ませてやるのが一番だと考えたのである。


未来からやってきたという一人の少女のお陰で、全ては空恐ろしくなるほど順調に進んでいた。

まるで神の定めた筋書きに従っているかの如く。

それならそれで構わない、と半兵衛は考えていた。
秀吉が天に選ばれた覇者だということにほかならないのだから。

まだ起こってもいない事象を次々と言い当てる少女の姿は、豊臣の兵士達の目には神託を告げる巫の如く映るのだろう。
いつしか少女は『豊臣の天女』などと呼ばれるようになっていた。
豊臣には天からの御使いがついているという噂も広がっているようだ。

それを利用しない手はない。
うまく使えば労せずして民意を操れる。
秀吉と豊臣軍にとって都合の良い方向へと。

自身の命数が尽きかけていることを自覚している半兵衛にとっては願ってもいないことだった。



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