猫はいた。
真っ黒な黒猫が、ひとつのロッカーの前でうろうろしている。

「向日くん、あのロッカー誰の?」

「ん?ああ、宍戸のだ」

「猫がさっきから宍戸くんのロッカーかりかり引っ掻いてるんだけど」

そう言うと、向日くんは驚いたように目を見開いた。

「お前、見えんのか?霊感があるってことか?」

「そんなすごいものじゃないよ。ただ見えるだけだから」

「いや、見えるだけで十分すげーだろ!」

そこへ若くんが跡部くん達を連れて入ってきた。

「早かったですね、七海さん」

「若くん遅いよ」

「跡部さん達を呼びに行ってたんですよ」

跡部くんは真偽を見極めようとするように、腕を組んで私を見ている。

「あの音聞こえる?」

私は跡部くんに聞いた。

「あーん?何か引っ掻いてるような音のことか?」

「宍戸くんのロッカーの前に黒猫がいて、ロッカーを引っ掻いてるの」

「宍戸の?」

そういえば、この場に宍戸くんの姿はない。

「宍戸くん、犬は飼ってるのは知ってるけど、猫飼ってたとか聞いたことある?」

「いや、ねぇな。聞いていたら覚えているはずだ」

跡部くんが断言した。

「宍戸くんはいま何処?」

「あいつは今日は休みだ」

「そっか…それでか」

私は納得した。
この猫は、何らかの事情があって宍戸くんにくっついてきた猫なのだ。
でも、宍戸くんについて彼の家に行こうとしたら犬がいて中に入れなかった。
だから宍戸くんの匂いを辿って部室に戻ってきて彼のロッカーの前にいるのだ。

私が自分の推理を話すと、跡部くんは「確認する必要があるな」と言った。
そして、電話で宍戸くんを呼び出した。

「すぐに来るそうだ」

跡部くんは椅子に座って優雅に足を組んだ。

「この猫触れますか?」

「うん…たぶん」

鳳くんは、私にどの辺に猫がいるか聞くと、そこへそっと手を伸ばした。
黒猫の背中に触れた彼の瞳が輝く。

「すごい!普通に猫ですね!」

猫は大人しく撫でられている。
俺も!俺も!と目がぱっちり開いたジローくんも加わって、二人で撫でたりじゃらしたりして遊び始めた。
心臓の強い子達だ。

「悪いものじゃねぇのか?」

「誰かに危害を加えたりとかはないと思う。あまり構いすぎたら引っ掻かれるかもしれないけど」

「いってー!引っ掻かれたCー!」

言うが早いか、ジローくんが手を上げて訴える。
それを見た跡部くんはしょうがねぇなと言いたげな顔で苦笑した。



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