「七海さん」

中休みの時間、若くんが私の教室にやって来た。
さすがに彼が来るたび一々ざわつく事は無くなったものの、やはり注目は集めてしまうようで、周りの皆がこちらを気にしているのが分かる。

今朝はパンとスープだけだったのでお昼までの繋ぎにとチョコを食べていた私に、「太りますよ」と有り難くない忠告をくれた後、若くんは用件を切り出した。

「部室に何かいるみたいなんで、今日の放課後見に来てくれませんか」

「何かって……なに?」

「たぶん、猫ですね。見えないんで確認しようがありませんが」

「??見えないのに猫ってわかったの?」

「鳴き声ですよ」



若くんの話によると、昨日の放課後、跡部くんに高等部の部室に顔を出すように言われ、練習を終えた宍戸くん達と一緒に部室を訪れたところ、どこからか猫の鳴き声が聞こえてきたのだそうだ。

普通に考えて学校の部室に猫が紛れ込んでいるわけがないので、最初はみんな、誰かの携帯電話の着信音が鳴っているのだと思ったらしい。
でも、不規則にニャーニャー繰り返される鳴き声はどうもホンモノっぽいということで、さては野良猫が迷いこんだのかと探してみたが、なかなか見つからない。
そうする内に、「うぉっ?」「な、なんだ?」と部員達が次々に驚いた声をあげて飛び上がった。
脚に何か柔らかいものが当たったようなのだが、下を見ても何もいない。
「今のは猫ですね。甘えてすり寄ってきた時の感触にそっくりです」と鳳くんが言った事で、そういえば…と皆は顔を見合わせた。
「でででででも、何もいないぜ!?猫なんてどこにも、」と言いかけた向日くんの足下で、答えるように「にゃー」と鳴き声が…。
向日くんは絶叫して部室から逃げ出してしまったそうだ。


「今朝の朝練の時にも同じ事が起こったからイタズラや勘違いというわけじゃなさそうです。俺は別にどうでもいいんですが、向日さんが完全にビビってて、このままだと練習にも支障が出そうなんで早めに解決したいんですよ」

「なるほどね…見るのはもちろん構わないけど、でも本当に私は“見える”だけだよ」

「そこは何とかして下さい。神主の孫なら追い出すとか何とかなら出来るでしょう」

「いやいや、無理だよ」

「じゃあ、そういうことなんで。放課後また迎えに来ます」

「え、ちょっと、若くん!?」

既に若くんはすたすたと歩いていってしまっていて、教室を出て行こうとしているところだった。
丁度入れ違いで戻ってきた私の友達に軽く頭を下げて会釈をしてから、彼の姿は完全に視界から消え去った。
それを見送った友達が真っ直ぐ私の席にやって来る。

「日吉くん、なんだって?」

「放課後ちょっと用事があるから残ってくれって」

「いーなぁ、七海は。日吉くんと幼なじみなんて羨ましい」

「替われるものなら替わってあげたいよ…」

「じゃあ替わって」

「いやいや、無理だから」

「え〜、ケチ〜」

「ケチとかじゃなくて」



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