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コートの外に飛んできたボールをささっと素早く拾う。
ぐずぐずしてると他の部員の球に当たるので要注意だ。
柳生くんのレーザービームなんて穴があきそうだし、幸村くんのサーブとか真田くんのショットにいたっては、頭に当たったら間違いなくこの世からアデューする。

以前は球拾いなどは勿論、雑用関係は一年生が持ち回りで行っていたらしい。
レギュラーだって例外ではない。

自分の事は自分でやるのは基本だけど、やはり少しでも多く練習時間が取りたいと思うのは当たり前の事だ。
道具出しや片付けに割いていた時間が、これからは練習にあてられるわけである。
今まで雑用をこなしていた分の練習時間が増えたお陰で、全体の戦力の底上げが可能となった、と柳くんが言っていた。

「洗い物あったらそこのカゴに出して下さい!」

洗濯用のカゴを指差して皆に声をかけ、拾った球を入れたカゴを邪魔にならない位置に移動すると、私はすぐに部室にとってかえした。
すぐにクーラーボックスとドリンクボトルが入ったカゴを台車に乗せてコートに戻る。

幸村くんが私を横目で見て頷いた。

「集合!」

凛とした声が響くと、皆すぐに手を止めて走ってきた。
50人以上いるという部員達が一斉に駆け寄ってくる様はかなりの迫力だ。

「7分休憩にする。休憩後は、第1グループは二人組みになって打ち合い開始、第2グループは素振りから始めろ」

はいっ!と返事をした部員達に、私は運んで来た台車を前に出した。

「ドリンクとタオル取って下さい。あと、冷やしタオルも始めました。必要な人は取って行って下さい」

「ちょ、お前のせいで冷やし中華食いたくなっちまったじゃねーか!」

「しょうがないなぁ、おごってあげるよ、桑原くんが」

「俺かよ!」

いつものやり取りをするコンビに笑い声が上がる。
部員達はそれぞれドリンクとタオルを取って、思い思いの場所で休憩を始めた。

「俺もドリンク貰えるかな」

「うん、どうぞ。お疲れさま、幸村くん」

「ああ、七瀬さんもお疲れ」

ドリンクを受け取った幸村くんは、それを飲みながらスケジュール表に目を通した。

「水曜は雨か…。コートは使えないから練習試合は諦めるしかないな」

幸村くんがぽつりと呟く。
水曜日は午前に基礎練、午後は練習試合を行っているのだが、雨天ではさすがに試合は難しい。

「基礎練習のほうは柳くんがデータ出してくれた時点で第二体育館を押さえてあるから大丈夫だよ」

そう言うと、幸村くんが軽くこちらに顔を向けて微笑んだ。

「うちには優秀な参謀とマネージャーがいるから助かるよ」

私が優秀かどうかはわからないけど、柳くんは実に優秀な参謀だ。
一歩どころか二歩先、三歩先まで考えてスケジュールを練っている。


「七瀬さんから見てどうだい、うちの部は」

「うーん…外野で見てた時以上にハードだなって思う」

基礎練だけでも運動量が半端ない。
私も一応、文武両道を掲げる立海生のはしくれなのでそれなりに運動は出来るほうだけど、見ているだけで疲労骨折しそうなハードさだ。
それに皆、集中力がすごい。
丸井くんや仁王くんでさえ、部活中は真剣に練習に打ち込んでいる。
それは勿論、休憩時間には軽口を叩いたりじゃれあったりはしているけれど、それだって行き過ぎることはなく、きちんとメリハリをつけて取り組んでいるんだなということがよく分かった。

「“テニスを楽しむ”のは無理かな?」

「無理なわけじゃないとは思うけど…ここまでハードな練習だと、楽しむのは難しいかなぁ。これまで築きあげてきた“立海のテニス”の伝統を残したまま、テニスを楽しめるようなやり方も盛り込むとなると、かなり難しい気がする」

「そうだね…確かにそうかもしれない」

部員達に目をやりながら、幸村くんは独り言のように呟いた。

「でも、間口を広くして才能ある初心者を探すというのじゃなければ問題ないと思う。立海に来るのは、元々テニスが好きでもっと強くなりたいっていう人が多いし。テニスが好きで、強くなりたいと思ってる最高の人材なわけだから」

幸村くんが考えているのは、「立海らしさ」を保った上での改革だろう。

「楽しんで勝つ、って難しいね…」

「そうだね。でも諦めるわけにはいかない」

そう語る幸村くんは、一人のテニスプレイヤーであると同時に、王者立海を率いる王の顔をしていた。
いや、神かもしれない。
テニスについて語る時、そして、テニスをプレイしている時の彼はまるで軍神だ。
凛々しく、雄々しく、神々しい力強さを感じさせるその姿は、私のような凡人とは違う、特別な人間なのだと思わせるカリスマ性に満ちている。

ふと幸村くんのこめかみから頬のラインに沿って汗が滴り落ちていくのを見た私は、持っていたタオルでその汗を拭き取った。
ついでに頬や首筋もささっと拭う。

ここまで完全に無意識の行動だった。
幸村くんの長い睫毛に縁取られた瞳が僅かに丸くなり、ぱちくりと瞬くのを見て、漸く自分が何をしでかしたのか気が付いて慌てた。

「あ、ご、ごめんっ!」

「いや、ありがとう」

彼氏でも身内でもない男の子に慣れなれしい真似をしてしまった。
恥ずかしい。

「あ、こ、このタオル使って!あと、冷やし中華じゃなくて冷やしタオルもあるから!」

幸村くんがぷっと噴き出す。

「じゃあ冷やしタオルも貰うよ」

「うん!」

仁王くんこっち見んな。
そしてニヤニヤするな。



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