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「ここのアップルパイ美味しいよ。七海ちゃんはもう食べてみた?」

「ううん、パンプキンパイは食べたけど、アップルパイはまだ」

「そう、丁度良かった。これ一口食べていいよ」

「えっ、そんな、悪いからいいよ!」

片手に持っていた皿から不二がカットしたアップルパイを摘まんで差し出してきたので、七海はあたふたと顔の前で両手を振った。

「遠慮しないで。ボクもさっきクッキー貰ったし、七海ちゃんの感想を是非聞かせて欲しいんだ。ね?」

「う…うん…」

「じゃあ、はい。あーんして」

「ええっ!?」

不二がにこにこしながらズイッとアップルパイを差し出してくる。

「いや、あの、自分で食べ、」

「あーん」

「………」

ほんの一口だけかじらせて貰うことにしておずおずと口を開くと、三角形にカットされたアップルパイの角が突入してきた。
サクッと噛みきると同時に、口の中に広がる甘い香り。

「どう?」

「美味しい!」

「ね、やっぱり美味しいよね」

にっこり微笑んだ不二が、アップルパイの残りをわざわざ七海が口をつけた場所からパクパク食べていく。
そうして、本物の猫みたいに汚れた自分の指をペロッと舐めあげてみせた。

「七海ちゃんも、唇についてる」

とても中学生とは思えない色気にあてられて固まっていると、不二の指が唇に向かって伸びてきた。

「こらこら。その辺にしとかんと保護者に怒られるで」

しかしそれは、唇に届く前に呆れを含んだ男の声に遮られて宙で止まった。

「やあ、忍足」

気分を害した風もなく笑顔を向ける不二に、伊達眼鏡の吸血鬼がワイングラスを片手にもう片方の手を軽くあげてみせる。
それから、彼は七海の周りに視線を走らせた。

「保護者の姿が見えんなあ。今日は観月と一緒やないんか?」

「はじめちゃんは今ドリンクを取りに行ってくれてるの」

「その隙をタチの悪い化け猫に狙われたわけやな」

「ひどいな、忍足。その言い方だとまるでボクが泥棒猫みたいじゃない」

「泥棒かどうかは知らんが、悪さをしようとしてたんは確かやろ。黒猫は魔女の使い魔のはずなんやけどな。えらいおっかない猫もおったもんや」

「じゃあ、七海ちゃんはボクのご主人様になるんだね」

「私じゃ不二くんのご主人様なんて無理だよ」

「そう?ならボクが七海ちゃんのご主人様でもいいけど」

「こらこら。だからなんでそんなヤバい方向に行くねん」

「クス…冗談だよ」

不二が笑い、忍足も薄笑いを浮かべる。
きっと今のは彼らなりの言葉のお遊びなのだろう。
しかし、とてもそんなハイレベルな冗談を楽しめる余裕がない七海はハラハラし通しだった。
明らかにぐったりした様子の七海を気遣ってか、忍足がズボンのポケットから赤い包み紙で包装されたキャンディーらしきものを取り出して差し出してくる。

「飴ちゃん食うか?」

「うん、有難う忍足くん」

「七海!」

そこへドリンクを手に観月が慌てた様子で戻ってきた。

「怪しい人間から食べ物を貰ってはいけないと言ったでしょう!」

「なんや、保護者やなくておかんか」

「誰がですか!!」


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