いよいよ関東も梅雨入りしたが、予報によると今年は梅雨寒になるらしい。
確かに、初夏だというのに連日寒い日が続いている。まるで季節が冬に逆戻りしてしまったみたいだ。
お陰でまだ冬物が仕舞えずにいた。

「なまえ。今日の座学で使う資料があるんだが、資料室から持って来てもらえるか」

「はい、わかりました」

「悪いな。ああ、ちょっと待っててくれ」

そう言うと、夜蛾先生はどこかに行ってしまった。
そして、少し待っていると何故か傑くんがやって来た。

「座学で使う資料を取りに行くんだって?」

「うん。夜蛾先生、傑くんに頼みに行ったんだね」

傑くんは確か今朝は道場で悟くんと組み手をやっていたはずだったから、わざわざ呼びに行ってくれたようだ。

「そう。悟とジャンケンしてね」

「傑くん負けちゃったの。残念だったね」

「いや、私が勝ったんだ」

「?」

「じゃあ、行こうか」

「あ、うん」

高専の校舎は無駄に広い。
侵入者があった場合を想定した造りになっているので、慣れていないとすぐ迷子になりそうだ。
普段は使わない資料をしまっている資料室は教室からかなり遠い場所にあった。

「あれ、開かない」

「立て付けが悪いんだろう。貸してごらん」

私が引いても開かなかった扉が、傑くんがちょっと力をこめると、ガタン!と大きな音を立てて簡単に開いた。

「ありがとう。さすが傑くん」

「どういたしまして。さあ、探そうか」

夜蛾先生に指定された資料を沢山ある棚から探し出し、二人で手分けして持って帰ろうとしたのだが。

「あれ、また開かない」

扉がまた開かない。
おかしいな……さっきは開いたのに。
今度は傑くんでもダメだった。
どうやら外側からしか開かなくなってしまったようだ。
あまり強引にやると扉を破壊してしまいそうだったので、傑くんを止める。

「私達が戻って来なかったら、硝子ちゃんか悟くんが気付いて探しに来てくれるよ」

「そうだね。少し待ってみよう」

それにしても、建物の中だというのに寒い。古いから隙間風が吹いて来るせいだろう。このまま居たら風邪をひいてしまいそうだ。
そんなことを考えていたら、ふわりと肩にあたたかいものが掛けられた。
傑くんが自分の制服の上着を掛けてくれたのだった。

「ありがとう。でも、傑くんが風邪ひいちゃうよ」

「私は鍛えているから大丈夫だよ」

確かに平気そうな顔をしているけれど、万が一ということもある。

「傑くん、こっちに来て」

棚と棚の間の隙間風が届かない場所を見つけると、私は床の埃を払って傑くんをそこに座らせた。
そうして、正面から傑くんに抱きつく。

「なまえ?」

「こうすれば傑くんも暖かいでしょう?」

雪山で遭難した時などは、人肌同士で温めあうといいと聞いたことがある。
こうしてくっついていれば、私も傑くんも暖かいから丁度良いと考えたのだった。

「確かに暖かいけど、これは理性が試されるな……」

「傑くん?」

「何でもないよ。寒くないかい?」

「うん、あったかい」

傑くんの腕が背中に回されて抱き締められる。密着した身体から傑くんの体温が伝わってきて、何故だかすごく安心した。

「傑くんの匂いがする」

「……頼むから、あまり煽らないでくれ」

「え?」

「いや、ほら、悟と組み手をしていたから汗をかいているし」

「どうして?いい匂いだよ」

「なまえ……」

堪らないといったように傑くんにぎゅうと抱き締められる。
ちょっと苦しいくらいの抱擁に、どうしたのかと顔を上げると、思っていたよりも近くに傑くんの顔があってドキリとした。
真剣な表情で私を見下ろす傑くんが口を開く。

「なまえ、私は──」

その時、バキッ!ドカン!と物凄い音が響いて、何事かと振り返ると、破壊されたドアと悟くんが入って来るのが見えた。
どうやら悟くんがドアを蹴り壊したらしい。
逆光で表情はよく見えないが、悟くんが肩を怒らせているのは見てとれた。
傑くんが舌打ちする。
えっ、なんで舌打ち?

「お前らなぁ、人が探しに来てやったってのに、こんなとこでイチャイチャしやがって」

「ご、誤解だよ、悟くん!」

暖をとっていただけだと説明するより早く、傑くんが私を抱き上げる。

「硝子、なまえを頼んだよ」

「はいはい。勝手にしな」

傑くんの制服に包まれたままの私を硝子ちゃんのほうに押しやり、傑くんは悟くんと一緒に外に出て行った。

「何か言うことはあるか、傑」

「いや、言い訳はしないさ」

そして、程なくして聞こえてきた破壊音と、けたたましく響き渡るアラート。

「あいつらマジでクズだな」

呆れ顔の硝子ちゃんに手を引かれて資料室を出ながら、私は頭を抱えたい思いでいっぱいだった。


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