「ここが例のトンネルか」

「いかにもって感じの場所だね」

私達はいま任務のために、神奈川県某所にある心霊スポットとして有名なトンネルを訪れていた。
周りは鬱蒼とした森に囲まれていて、私達の他に人の気配はない。
これは好都合だった。呪霊を祓うところを非術師に見られずに済むからだ。
でも、万が一ということもある。

「帳を下ろすから待ってて」

「必要ないって。さっさと片付けちまおうぜ」

そう言って五条くんはすたすたとトンネルの中に入って行った。
彼の独断専行はいつものことなので、私は気にせず意識を集中させた。

「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」

教えて貰った通りに帳を下ろす。
途端に辺りの闇の濃度が増した気がした。
これで非術師は結界の中に入って来られない。

「行こう」

待っていてくれた傑くんと硝子ちゃんに向かって頷き、私もトンネルの中に足を踏み入れた。
中は外よりも暗い。
いつ何が出て来てもおかしくない不気味な冷気が漂っている。
呪霊の残穢は残っているが、本体はまだ姿を現してはいなかった。何か条件があるのだろうか。
そういえば、襲われたのは皆肝試しに来た人達だった。

「前に悟くんが借りてきた心霊動画を集めたDVDにこういうのあったよね」

「ああ、あれ。お粗末過ぎて笑えたよな」

先を歩いている悟くんの声が反響して聞こえる。
嘘でしょ。あのDVDめちゃくちゃ怖かったんだけど。
いや、呪術師のくせにホラーが苦手な私のほうがおかしいのか。

「もしかして、ビビってんの?」

悟くんがニヤニヤしている顔が懐中電灯の灯りの中に浮かび上がる。
私が怯えた顔をするのが面白いのか、悟くんは懐中電灯をつけたり消したりし始めた。
ちょ、怖いからやめて!

「大丈夫、私も悟もいるんだから心配はいらないよ」

傑くんが私と手を繋いでくれる。
小さい頃にそうしてくれたみたいに。

すると、突然、辺りの空気が変わった。
女の人の恨みがましい呻き声がトンネルの中に響き渡る。呪霊だ。

「気をつけろ、なまえ!」

悟くんが鋭く私に注意を促した時にはもう、傑くんによって、私に向かって壁から伸びて来た白い手は打ち払われていた。
もしかして、私と傑くんをカップルと認識して襲ってきたのだろうか。
傑くんも同じことを考えたようだった。

「私から離れないでくれ」

ズズ、と傑くんの操る呪霊が私と硝子ちゃんを守るように私達の前に現れる。

トンネルにも目に見えて異変が現れていた。
左右の壁から伸びてきた無数の白い手がゆらゆらと揺れている。

「お出ましのようだぜ」

悟くんの視線の先、トンネルの反対側の出口いっぱいに巨大な女の顔が現れていた。
その口が開いて、牙がびっしり並んだ口内があらわになる。血走った目がギョロギョロと動いているのが見えた。
シャッと勢いよく伸ばされた長い舌を悟くんが難なくかわす。

「傑、こいつは?」

「いらないな。祓って構わないよ」

悟くんはポケットに片手を突っ込んだまま壁を蹴って呪霊に向かって飛び、さりげない仕草で利き手をかざした。
空気が歪んだと思った次の瞬間、呪霊は苦悶の叫びを残して消え去っていた。

「悟くん、すごい!」

「余裕だろこのくらい」

トンネルの出口に背を向けた悟くんが歩いて来る。
本体が祓われたことで、壁から生えていた手も全て消えていた。
私のところまで来た悟くんがおもむろに手を差し出してくる。

「ほら」

「えっ」

悟くんは小さく舌打ちした。

「手ぇ出せよ」

「えっ」

「だから!繋いでやるって言ってんだよ」

さっさと私の手を掴んだ悟くんに手を引かれて元来た道を戻っていく。
悟くんの手、こんなに大きかったっけ?
それにとてもあたたかい。

「……なんで傑なんだよ」

「何が?」

「手、繋いでただろ。怖いなら俺を頼れよ」

「え、ああ、うん。ごめんね」

帳を消したことで呪霊を祓い終わったことがわかったのだろう。ライトをつけた車の横で補助監督さんが待っていてくれているのが見えた。
私が悟くんと繋いでいないほうの手を振ると、手を振り返してくれる。

私達の後ろでは、傑くんと硝子ちゃんが笑い転げていた。

「いくらなんでもあからさますぎだろ、悟」

「うるせー!」


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