傑くんが帰宅したのは夜遅くなってからだった。
と言っても、傑くんが任務に手間取ったわけではない。遠方まで電車で出かけていたからだ。一緒に行った硝子ちゃんは疲れた様子で挨拶もそこそこに部屋に戻ってしまったが、傑くんに疲労の色は見えない。
シャワーを浴びた傑くんは真っ直ぐ私の部屋を訪ねて来てくれていた。

「おかえりなさい、傑くん」

「ただいま、なまえ。私がいない間、悟と二人きりでいじめられなかった?」

そう冗談めかして聞かれたので、私は悟くんとのやり取りを全部ぶっちゃけた。
そして、おもむろにドライヤーを取り出し、傑くんを座らせて、タオルドライしただけで生乾きのままだった彼の髪を乾かしにかかった。
他人に対しては細やかな気遣いをみせる傑くんだが、こういうところで意外と無頓着というか、男の子らしく大雑把だったりする。

「それで悟を名前で呼ぶようになったんだね」

「うん、まあ、流れで仕方なく」

絶対本人には言えないけど、お風呂上がりで髪を下ろしている傑くんは色気があるというか、凄くえっちだ。
肩まである長い黒髪は真っ黒で、毛先が傷んでいるせいで外側にハネているのだが、その無造作な感じが男らしくていいという人もいるだろう。
実際、優しくてカッコいい傑くんは小さい頃からめちゃくちゃモテた。もちろん、そのモテ男ぶりは現在進行形だ。
もう少し伸びたらハーフアップとかにも出来そうだなと思いながら、ドライヤーで傑くんの髪を丁寧に乾かしていく。
あっ、枝毛発見。

「せっかく綺麗な髪なのに傷んじゃう」

「君の髪のほうが綺麗だよ」

「ありがとう。傑くんもちゃんとお手入れしよ?」

「私は男だから必要ないよ」

「せっかく綺麗な髪なのに傷んじゃう」

「うん、会話がループしてるね」

ドライヤーをかけ終わり、乾いた髪を丁寧にブラッシングしていたら、傑くんに苦笑されてしまった。

「でも、残念だな」

傑くんが私を振り返って私を流し見る。
そのあまりの色っぽさにドキッとした。

「君に名前で呼ばれる男は私だけでいたかったのに」

「そ、そう?」

「そのほうが特別感があるだろう?」

その言葉に何だかきゅんとなってしまい、傑くんの首に腕を回してそっと抱きついた。
シャンプーの爽やかな香りが鼻腔を満たす。

「傑くんは特別だよ。大事な幼馴染みだからね」

「私にとっても君は特別な女の子だよ」

傑くんの頬と私の頬が触れ合う。
いつの間にか子供特有の柔らかなそれから、男らしい精悍なカーブを描くようになっていたそこに頬をすり寄せると、傑くんの首に回された腕に大きな手が優しく重ねられた。

「君だけだ。特別なのは」

優しくて、甘い声。私の大好きな傑くんの声。
囁いた唇が、ほんの一瞬、私の肌をかすめる。

でも、この時の私はまだ本当の意味で彼の言う『特別』がどんなものかわかっていなかったのだ。
そして、その意味を理解した時には何もかもが手遅れになってしまっていた。


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