任務から帰って来て夕食を食べた後。 私達は傑くんの部屋に集まっていた。 座学のテスト結果が返ってきたので、答え合わせを兼ねて間違えた箇所を教え合っているのである。 共有スペースでやっても良かったのだが、冷房の効きがいいので傑くんの部屋に集まることになったのだった。 悟くんは傑くんのベッドに我が物顔で陣取って桃鉄をやっている。 「悟くんはいいの?」 「もう全部覚えた」 悟くんは本当に何でも出来るなあ。 日頃から努力しなくても勉強が出来てしまう天才肌の人はこれだから羨ましい。 でも、どちらかと言えば私は常に努力することを忘れない秀才タイプのほうが好きだな。 「そういや身長いくつだった?この前身体検査あったろ」 「……155cm……」 「小っせえ!全然伸びてねえじゃん」 「悟くんは何cmあったの?」 「190cm」 「巨人!」 「なまえが小さいんだって」 「傑くんは?」 「180cmだったよ」 「良かったね。順調に伸びてるね」 「えっ、なにその傑との対応の差。身長だけなら俺の勝ちじゃん」 「私チビだからよくわからない」 「拗ねるなって。いいものやるからさ」 悟くんが取り出したのはこの時期コンビニとかでよく見かける花火のセットだった。 手持ち花火の他にミニタイプの打ち上げ花火まで付いている。 「どうしたの、それ」 「補助監督に貰った。忙しくて学生らしい遊びも出来てないんじゃねえかって」 「良い人だね」 「なあ、俺は?」 「偉いね、悟くん。ありがとう」 悟くんは満足そうににっこり笑った。こういうところは無邪気で可愛いんだけどな。 「じゃあ、やろうぜ」 「今から?」 「今から。繁忙期のせいで四人揃う機会滅多にないだろ」 確かに悟くんの言う通りだ。 硝子ちゃんも傑くんも構わないというので、四人で花火をすることになった。 傑くんがバケツに水を入れて持って来てくれたので、自然とそれを囲む形になる。 外はむわっとしていて蒸し暑く、立っているだけで汗が出てくるほどだった。 「火をつけるから気をつけて」 「うん、ありがとうお母さん」 私が花火を選び取ると、傑くんがライターで火をつけてくれた。 悟くんがゲラゲラ笑っている。 「なまえ」 「ハイ、ごめんなさい」 傑くんの笑顔の圧が怖い。 私の傍らに立った傑くんが花火を持つ私の手に自分の手を重ねて、噴水のように火花を上げている花火をしっかり固定してくれる。 「綺麗だね」 「うん」 七色に変化する花火を見つめながら傑くんが言った。 悟くんはそんな私達を見てムッとした顔をすると、持っていた花火を大きく円を描くように回した。 「なまえ、見て」 火花で出来た輪を見せつけるようにぐるぐる回す悟くんに「危ないよ」と注意したら、ちぇっとつまらなそうに言って花火を下ろした。 「真面目過ぎ」 「悟くんに怪我してほしくないからだよ」 「大丈夫だって。こんなことも出来るぜ、ほら」 「こら、悟」 次々と大技を繰り出す悟くんから硝子ちゃんが逃げ出し、傑くんが窘める。 「なんだよ、やんのか?」 「人に花火を向けるんじゃない」 「まあまあ、悟くんも普通に楽しもう?」 「しょうがねーな」 それからは皆で楽しく花火をして遊んだ。 最後のシメに打ち上げ花火を上げ、四人で眺めた。 じゃんけんの結果、私と悟くんでバケツに入れた花火を始末しに行くことになり、二人でバケツを運んで行った。 虫の音を聞きながら夜道を歩いていく。 「楽しい時間はあっという間に過ぎちゃうね」 「そうだな。こういうの初めてだったし」 聞けば、悟くんは「友達」と花火をするのは初めてだったらしい。だからあんなにはじゃいでいたんだと納得がいった。 高専に入学して以来、悟くんは色々な「初めて」を体験していたのだ。 そう思うと何だかきゅんとなった。 「これからもずっと一緒に色々な経験をしていこうね」 「ん」 バケツの水に浸かった花火の後始末を済ませて言うと、悟くんはちょっと照れたように口をへの字にした。 それから、寮に戻ろうとした私の後頭部に手を当てたかと思うと、そのまま私を自分の胸に引き寄せた。 逞しい胸板に頬が当たり、悟くんの匂いに混じって少しだけ汗の匂いがした。 「お前、いい匂いがする」 悟くんも気になるのか、すんすん鼻を鳴らして私の匂いを嗅いでいる。 いや、冷静に説明している場合じゃないんだけど。 この状況はさすがに恥ずかしい。 「だめ……汗かいたから」 「なんで?いい匂いだって。すげえ興奮する」 「ちょ、やだ、悟くんてば」 恥ずかしくて悟くんの胸板に手を突いて離れようとするが、びくともしない。 「さっき、めちゃくちゃ嫉妬した。お前が傑とくっついてた時」 「悟く、」 あっと思った時にはもう上半身を屈めた悟くんに唇を奪われていた。 「早く俺のものになって」 切ないような声音に懇願されて胸が締め付けられる。 あまりにもつらそうな目で私を見るから、怒るに怒れなくなってしまった。 触れあっている部分が火傷しそうなほど熱い。 一度ぎゅっと強く抱き締められてから身体が離される。 「なまえのファーストキスは貰ったから。まだちゃんと待つから、次は恋人同士のキスさせて」 「あの、あのね、悟くん」 「なに?いやだった?」 「違くて。あのね、傑くんとしちゃったから、さっきのはファーストキスじゃないというか……」 悟くんの青い目が大きく見開かれる。 それから美しく整った顔が憤怒の形相へと変わっていった。 「あいつ、ぶっ殺す!!!」 「子供の頃の話だから!」 「そうか、ぶっ殺す」 「悟くん!!!」 その後、夜の高専にアラートが鳴り響いたのは仕方のないことだった。 |