のちに観測史上最も暑い夏として記録に残ることになった夏がやって来た。 とにかく暑い。身体中から水分という水分が奪われてカラカラになりそうなくらい暑い。 海に巣食う呪霊を祓いに来たついでに近くの海水浴場に来ているのだが、私と硝子ちゃんが長い列に並んでようやく水着に着替えて外に出ると、人集りが出来ていた。 何って、女の人達に囲まれて逆ナンされている傑くんと悟くんである。 「どうする?」「置いてっちゃおうか」なんて話していたら、今度は私達が声をかけられた。 「君達、高校生?良かったら一緒に遊ばない?」 相手は大学生くらいの男の子ばかりのグループだ。硝子ちゃん目当てなのは間違いないが、硝子ちゃんではなく私に声をかけたのは、彼女よりも話しかけやすそうに見えたというか、私のほうがチョロそうに見えたからだろう。 そこで硝子ちゃんに挑みに行かない辺り、微妙にヘタレ感が否めない。 「俺らの連れに何か用かよ」 どう断ろうか悩んでいたら、女の人の群れを突破した悟くんが男の子達の前に颯爽と立ちはだかった。 先ほど女の人に腕を絡ませられて胸を押し付けられていたところを見ていなければ、カッコいい!惚れちゃう!となっていたのかもしれないが、実に残念だ。 「悪いが、他をあたってくれ」 続いて、後ろにギャラリーを大勢引き連れた傑くんが現れた。 「遅くなってごめん。ちょっと面倒な絡まれ方をしていてね、来るのが遅くなってしまった」 私の頭を優しく撫でる傑くんと、ガンを飛ばしている悟くんを見て、敵わないと判断したのだろう。大学生のグループは「男連れかよ」と舌打ちして立ち去って行った。 デカくてガタイのいい幼馴染みと同級生がいて良かった。 ギャラリーから引き離すように、大きな手を私の背中に当てて傑くんがエスコートしてくれる。 「その水着可愛いね、良く似合ってる。硝子と買いに行ったのかい?」 「うん、硝子ちゃんが選んでくれたの」 「お前ら、私に感謝しろよ」 「良くやった、硝子」 「さすがだね。いい趣味してる」 悟くんと傑くんが硝子ちゃんにサムズアップして見せる。硝子ちゃんのセンスの良さは二人も認めるところなのだ。 「じゃ、早速泳ぐか」 「しっかり準備運動してからね」 「マジかよ……ガキじゃねーんだぞ」 ゲェッと嫌そうな顔をする悟くんを説得して、皆で準備運動をしてから海に入った。 力強いクロールで波を掻き分けていく悟くんの後をついていく。 海水は程よく冷たくて、ほんの束の間暑さを忘れることが出来た。 ひとしきり泳いだ後は、お腹がすいたのでご飯にしようということで意見がまとまった。 ナンパ対策として男女二人で買いに行くことになり、じゃんけんの結果、私と傑くんの二人で行くことになったのだが。 「俺も行く」 「ダメだよ、悟くん。硝子ちゃんを一人で残して行ったらまたナンパされちゃう」 「じゃあ、全員で行けばいいだろ」 「誰かが荷物番と場所取りしてないといけないでしょ。何のためにじゃんけんしたと思ってるの」 ぐぬぬ、と悟くんが黙ったので、私は「じゃあ行ってくるね。硝子ちゃんをよろしくね」と悟くんにお願いして傑くんと一緒に売店へ向かった。 「大分、悟の扱い方が板についてきたね」 傑くんが可笑しそうに笑いながら言った。 「傑くんほどじゃないよ」 実際、親友である傑くんのほうが悟くんのことを良く理解していると思う。 「悟と何かあった?」 「どうして?」 「悟と二人きりになりたくないみたいだったから」 「その……この前、告白っぽいことを言われて……」 「なるほどね」 傑くんが納得がいったという風に頷く。 「私もなまえのことが好きだよ。小さい頃からずっと君だけを愛してる」 危うくお財布を落としてしまうところだった。それくらい衝撃的だった。 「す、傑くん?」 「もう、ただの幼馴染みというだけでは我慢出来ないんだ。一人の男として私を意識してほしい」 なんてね、冗談だよ、と言ってくれると思っていたのに、傑くんは真剣な目で私を見つめてくるばかりだ。 どうして?嘘でしょ、という思いで頭がいっぱいだった。 ふっと表情を和らげた傑くんが私の手を取る。 「困らせてしまったね。だけど、私は本気だよ。悟にだって譲れない」 「傑くん……」 「私を選んでくれるまで待つから、考えておいてくれないか」 それから売店に着くまで、傑くんは私の手を離さなかった。 幼い頃そうしてくれたみたいに、途方に暮れる私の手を引いて歩いてくれた。 焼きそばを買って帰る途中、前から走って来た子供にぶつかりそうになった私を、傑くんはごく自然な動作で抱き寄せた。 「走ったら危ないよ」 そう言って子供を諭す傑くんはとても優しい顔をしていた。 どちらかを選ばなければならないということは、どちらかを選ばないということだ。 私にそんな選択が出来るだろうか。 「あ、戻ってきた」 「おせーよ、お前ら」 「ごめんね。はい、焼きそば」 四人で焼きそばを食べたあとは、また海に入って泳いだ。 硝子ちゃんがビーチボールを借りてきたので、その後は二人組になってビーチバレーをして遊び、それからまた補助監督さんが呼びに来るギリギリまで泳ぎまくった。 「はー、遊んだ遊んだ」 「一生分くらい泳いだね」 車の後部座席で硝子ちゃんと笑い合う。 心地よい疲労が綿のように身体を包み込んでいた。限界まで楽しく遊んだあと特有のそれを感じながらうとうとしていると、隣の傑くんに引き寄せられて頭を彼の肩に預ける形になった。 助手席の悟くんが何か文句を言っている。 それに対して傑くんが楽しそうに言い返していた。 「羨ましいだろう。わかるよ」 「クソッ!てめえ、後で覚えてろよ!」 「静かにしてくれないか。なまえが起きる」 「お前ら二人ともうるさいよ、クズ共」 きっと大人になったらあの頃は楽しかったと思い出せる、そんな青春時代を私達はいま過ごしている。 |