「おはよう」

目が覚めると、ベッドに腰掛けた夏油先輩が私の頭を優しく撫でてくれていた。
一瞬、お香のような香りがした気がしたけどそんなことはなかった。ちゃんと私が良く知っている夏油先輩の匂いだ。

「怖い夢を見ていたみたいだね。うなされていたよ」

そうなんですと答えようとして言葉に詰まった。
すごく怖い夢を見ていたはずなのに、どんな内容だったのかもう思い出せない。

「夢なんてそんなものだよ」

布団の上から宥めるようにぽんぽんと軽く背中を叩かれて、胸の中でもやもやしていたものが少しずつ消えていくのを感じた。
良かった。いつもの優しい夏油先輩だ。

「あっ、そういえば、夢の中で五条先輩と話していたような気がします」

「私がいるのに他の男の話をするなんて悪い子だ」

「ええ…?五条先輩ですよ?」

「悟だとしても譲れないな」

夏油先輩が私の頬を指の背で撫でながら言った。

「君が思うよりずっと私は君に執着しているし、ドロドロした想いを抱いているんだよ」

まさかそんな、と笑おうとして出来なかった。夏油先輩の目が何よりも雄弁にそれが事実なのだと語りかけていたからだ。

「お腹がすいただろう。フレンチトースト出来てるよ」

「わ、ありがとうございます!」

私は飛び上がらんばかりに喜んでベッドの上で起き上がった。
お付き合いを始めてからというもの、二人で一緒に朝を迎えた時や、私が落ち込んでいる時などに、夏油先輩はフレンチトーストを焼いて食べさせてくれていた。
だからなのかはわからないけど、自分でもちょっと引くほどの空腹感が込み上げてきて驚いた。喉の渇きもひどい。

「どうぞ召し上がれ」

冗談めかして気取った口調で言った夏油先輩がお皿とコップが乗ったトレイをお腹の上に置いてくれたので、早速ナイフとフォークを手に取る。フレンチトーストの左端を少し切って口元へ運ぶ。

──ダメだ!食べるな!

五条先輩の声が聞こえた気がしてふと手を止める。

「どうしたんだい?」

「あ、いえ、何でもないです」

気のせいか、と笑って誤魔化し、改めてフォークに刺さったフレンチトーストを口にした。たちまちじゅわっと口の中に甘みが広がっていく。

「美味しいです!」

「それは良かった。作った甲斐があるよ」

もしかしたら今まで食べた中で一番美味しいかもしれない。
いつの間にか、あの異様な飢餓感と喉の渇きはおさまっていた。食事をしたのだから当たり前なのだが、何故か取り返しのつかないことをしてしまったような不安を感じて戸惑う。どうしてこんな気持ちになるのだろう。

「愛してるよ、なまえ」

唐突に夏油先輩が言った。

「これからはずっと一緒だ」

同じことをどこかで聞いた気がする。例えば、夢の中で。

「せんぱい……?」

急にどうしようもなく不安で堪らなくなった。そんな私を夏油先輩は優しく抱き締めてくれた。大丈夫だよというように、あるいは絶対に逃がさないとでも言うようにしっかりと。
見慣れた高専の寮の自分の部屋のはずなのに何かがおかしい。
おかしいと言えば夏油先輩もそうだ。
どうして今日は長い黒髪をハーフアップにしているんですか、と聞きたいのに答えを知るのが怖くて聞くことが出来ない。

「大丈夫だよ。私が側にいるからね」

夏油先輩に優しく口付けられる。甘やかなそれに身も心も蕩かされそうになるのを、私の中の何かが引き止めていた。

窓の外には乳白色の濃い霧が立ちこめていて外の様子が見えない。
そのことが何よりも私を不安にさせた。
何故か五条先輩が私を探している気がして焦燥感に襲われる。

五条先輩、私は、



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