「君は情緒を学んだほうがいい」

高専で初めて出来た親友と呼べる男は、そう言って大量のDVDとプレイヤーを五条の部屋に持ち込んだ。
適当に一枚摘まみ上げて見ると、それはフランスの恋愛映画だった。思わずオエッと吐く真似をした五条だったが、よくよく見れば恋愛ものだけでなく、ホラーやアクションなど様々なジャンルの映画が入り混じっているようだ。

夏油がこのような暴挙に出たのは理由があった。

「この前、ゴミ処理場に紛れ込んだ呪具を探し出して帰ってきたなまえに酷い暴言を吐いただろう。さすがにあれは見過ごせない」

ゴミ処理場からへとへとになって帰ってきたなまえに、五条は「くっせえ!こっち来んなよ、ニオイが移る」と言い放ったのである。五条としては軽口のつもりだったそれに彼女はいたく傷ついたらしく、顔を真っ青にして寮の自室に逃げ帰ってしまったのだった。

「年頃の女の子にあれはいけない。君だってわかっているはずだ」

もちろんわかっている。
何しろなまえは五条の初恋の相手だったので。
五条達の一年下の学年として入学してきたなまえを一目見た瞬間から五条の世界は色鮮やかなものへと変わった。ありていに言えば一目惚れである。
ついついからかってしまいたくなる五条のことをなまえは先輩と慕い、懐いてくれていた。こんなことは初めての経験だった。
だからあの時もいつもの調子で心にもない言葉をぶつけてしまったのだ。
あれから五条は反省したし、なんなら謝ってやってもいいと思っていたが、任務や何やらですれ違ってばかりで未だにまともに顔を合わせていない。

「わかってるって。優等生サマ」

「悟」

「あー、はいはい、見りゃいいんだろ」

その後、五条はあれからすぐに夏油がフォローしてくれていたことを知った。夏油の口から直接聞いたわけではない。夏油に心酔している灰原から教えて貰ったのだ。

あるいはそれがきっかけだったのかもしれない。
気がついた時には夏油となまえは恋仲になっていた。
これまでの人生で初めて経験した失恋という名の完全敗北だった。
だからと言ってふて腐れる五条ではなかった。惚れた女の幸せを、親友の幸せを祝福した。五条の中にあったのは諦観だった。

その親友が離反した時も同じだ。

「これをなまえに渡してくれないか」

最期の時、夏油は懐からリングケースを出して五条に託した。

「今回の件が終わったら迎えに行くつもりだった」

だったらなんで、と言いたくなるのを飲み込む。夏油も悩み抜いた末の結論だったに違いない。

「我ながら未練がましいとは思うけど、あの子を残して逝くことだけが心残りだよ」





「だから連れて行ったのか」

誰もいないなまえの部屋に佇みながら独り呟く。

まただ。また間に合わなかった。
どうすれば良かった?親友を殺したこの手でなまえの手を取り、長年封じ込めていた思いのたけを告げていれば別の結末が待っていたとでもいうのだろうか。

いずれにせよ、もう間に合わない。

五条悟はまた独り残されたのだ。
この地獄のような世界に。




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