ドアをノックする音が聞こえくる。
学生時代二人で決めた合図の通りに、続けて二回、そして少し間を空けて短く一回。

トントン、トン

トントン、トン

トントン、トン

ドアを開けても誰もいないことはわかっている。いや、むしろ何かがいるほうが恐ろしい。

この合図を決めた相手は──夏油先輩はもう死んでしまっているのだから。

「いるんだろう?開けてくれないか」

だから、先輩によく似たこの声もただの幻聴に過ぎないのだ。そのはずだった。

「迎えに来たよ」

優しく呼びかけてくる懐かしい声。

「そうか、遅くなってしまったから怒っているんだね」

少し困ったような、仕方がないなと言いたげな優しい声がドアの向こうから聞こえてくる。

「遅くなってごめん。迎えに来たよ」

どこまでも優しいその声は、私が知っている夏油先輩の声そのもので。
その事実が私を戸惑わせる。先輩であるはずがないのに。

「待たせてすまなかったね。ちゃんと謝りたいから、ここを開けてくれないか」

──スマホ。そうだ、五条先輩に連絡すれば……!

私は震える手でスマホを取り上げると、五条先輩に電話をかけた。
永遠にも感じられるほど長い呼び出し音の後、ようやく「もしもし」と少し気だるげな五条先輩の声が聞こえてきた。

「お前ね、いま何時だと思ってるの」

「五条先輩、どうしよう、夏油先輩が」

「はぁ?」

「夏油先輩がドアを叩いているんです。ドアの向こうにいるんです!」

一瞬の沈黙の後、

「わかった。すぐに行くから絶対にドアは開けるな」

そう言って通話は切れてしまった。
辺りは痛いほどの静寂に包まれている。それでようやくノックの音が聞こえなくなっていることに気付いた。

諦めてくれたのだろうか?

複雑な気持ちのまま待つこと暫し。

どれくらい経ったのかと時計を見ようとした時、またノックの音が聞こえてきた。
今度は普通に三回。夏油先輩じゃない。

「僕だよ。もう大丈夫だから開けて」

五条先輩の声だった。
慌てて立ち上がり、ドアへと駆け寄る。
鍵を開け、ドアを開く。

「開けてくれてありがとう」

──訪ねて来た相手が誰か確認しないでドアを開けてはいけないよ。

かつて夏油先輩に言われた言葉が脳裏をよぎる。

真っ暗な闇の中から僧衣を纏った二本の腕が伸びてきて、この上なく優しく、けれども絶対に逃れられない強さで私を抱き寄せた。
冷たい白檀の香りに包み込まれる。

「やっと捕まえた。これからはずっと一緒だよ、なまえ」



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