学校を飛び立って20分余り。
窓の外の景色に変化が生じた。

「海……?」

眼下に広がるのは紺碧の海原。
その中にポツンと浮かぶ船に向かって、ヘリは下降していく。

近付けば近付くほど、それが非常に大きな船であることが分かった。
いわゆる豪華客席と呼ばれる大型船だ。

ヘリはゆっくりと高度を落としていき、甲板の一角にあるヘリポートに降りたった。

「降りるぞ」

いつの間にか目を開けていたザンザスが立ち上がるのに倣って、真奈も座席を立つ。
スクアーロが開けた乗降口から彼らの後に続いて外に出ると、その場に待機していた船員が恭しく礼をした。

「船室のご用意は出来ております」

船長らしき人物がそう告げて、先導して歩き出す。
ヘリのプロペラは止まっていたが、代わりに強い潮風が真奈の制服のスカートをはためかせた。
同じように風で翻るザンザスの黒いジャケットを追って船内へ入っていく。

中はまるで迷路だ。

ヘリから見たあの大きさからいって、少なくとも7階建て以上はあるだろうし、通路も入り組んでいる。
この複雑な構造はあるいは侵入者避けのためなのかもしれない。

「こちらです」

船長に案内されたのは、広々とした豪華な船室だった。
重厚な色合いの家具や調度品だけ見ても、かなり高級な部屋であることがわかる。

「やあ、真奈」

黒いてるてる坊主に似たシルエットが奥の部屋から現れた。
マーモンだ。

「まだ時間があるけど、お姫様はもう着替えさせるのかい?ボス」

問われたザンザスは室内の時計に目をやった。
それから真奈を見る。
制服と上履きという、学校から拉致されたままの彼女の姿を確認し、彼は再びマーモンに目を戻した。

「着替えは何処にある」

「こっちだよ。本部が随分張り切ったらしくて、どっさり届いてる」

奥の部屋に向かって歩いていくと、そこは豪華な寝室だった。
マーモンがクロゼットを開いて中身を見せる。

「見てよ、どれも高そうなドレスばかりだ。一体いくらするんだろうね」

呆れ声で言うマーモンの言う通り、クロゼットの中には色とりどりのドレスがずらりと並んでいた。
よく見ると、床部分には同じく大量の靴と箱が、そして棚にはポーチなどの小さなバッグが並んでいる。

「真奈はどれがいい?」

「え、ど、どれって?」

「パーティーに着ていくドレス。ボスから聞いてるだろ」

真奈が驚いてぶんぶん勢いよく首を横に振ると、マーモンは「そんなことじゃないかと思ったよ」と言いたげにやれやれと肩を竦めた。

「ボス、それじゃ人攫いだよ。ちゃんと説明してあげないと」

ザンザスは不快げに眉間に皺を寄せたが、その目はドレスに注がれたままだ。
そして、おもむろにその中の一着を手に取ると、真奈に差し出した。

「これを着ろ」

押し付けられて思わず受け取ってしまったそれは、深い赤のドレスだった。
派手な赤ではない。どちらかといえば黒に近い赤だ。
血液の──あるいは、誰かの瞳を連想させる色だった。
続けて、ぽい、ぽい、と靴とバッグを放られ、慌てて受け取る。


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