「あの人…」 真奈の呟きを耳にしたザンザスは、眉間に皺を寄せた。 かなり露骨な言い方で関係をはっきり否定したつもりだったが、まだ納得していなかったのか、と。 しかし、真奈が口にしたのは女の名前ではなかった。 「ジーモ、さん。あの人、ザンザスが羨ましかったんだね。羨ましくて、でも絶対適わなくて……」 「そうかもな」 羨望は妬みに繋がる。 相手が自分より上だと理解していながら、それを認められずに歪んでいく。 自尊心の高さに実力が伴わない人間ほど陥りやすいジレンマだ。 ザンザスに言わせれば「カスが」の一言で終わりなのだが。 単純な話だ。 ジーモはザンザスに勝ちたかった。 女は、ザンザスにまともに相手にされなかった屈辱を晴らす為に、ディルーポファミリーの時期ボスの妻となるべくジーモに取り入った。 それが将来を約束された大型船ではなく、いずれボンゴレに見捨てられる事になる沈みかけた船であるとも知らずに。 ある意味お似合いの二人だった。 ザンザスからすると、カスはカス同士勝手にしやがれというだけの話だ。 ただ、真奈は何か思うところがあったようで、グラスを胸のあたりで持ち、夜の海をじっと眺めている。 愚かな男女をただ「可哀想」と哀れむのではない、冷静で思慮深げな表情がその顔には浮かんでいた。 ショックを受けているのかと心配していたのだが、その様子もない。 そろそろ冷えてきたのではないかと、真奈の肩に掛けてやるべくタキシードのジャケットのボタンに指をかけた時、闇の中から音もなく人影が滑り出てきた。 |