1/3 


「いまから攫いに行きます」

そんなメールが届いたのは、やっと帰宅してシャワーも浴び、後は缶ビールを飲みながら寛ぐだけというリラックスタイムに入ったところだった。

どうしよう。

殺人鬼が誘拐しに来る。

どこに逃げれば良いだろう、と右往左往している間にチャイムが鳴ってしまった。
隠れなきゃ!と右往左往している間に鍵がかかっていたはずのドアが開き、赤屍蔵人が室内に入って来てしまった。

「約束通り、お迎えに上がりました」

約束なんてしてません!
そう叫びたかったが、言葉は喉を通り抜けることはなく、声も出せないままひたすら首を横に振ることしか出来なかった。

「そんなに喜んで頂けて光栄です」

私も嬉しいですよ、と笑ってみせるが、この男はいまから私を誘拐するつもりなのだ。
笑顔が魅力的だからと言って騙されてはいけない。

「では、行きましょうか」

「ひ……た、助けて……」

「よしよし、ほら、怖くありませんよ」

怖いよ!めちゃくちゃ怖い!

私は逃げた。
狭いワンルームの部屋の中を死にものぐるいで逃げ回った。
赤屍蔵人はというと、すぐに捕まえられるはずなのに、わざとじわじわ追いつめて遊んでいる。
そういうところだよ!ほんとに!

「おっと、危ない」

窓から身を乗り出した私を赤屍蔵人が背後から捕まえて抱き締める。

「いけませんね。命を粗末にしては」

この男にコマギレにされた者達が聞いていたならお前が言うなと言いたいところだろう。

「た…………助けて!誰か助けて!」

「誰も来ませんよ」

耳元で含み笑う殺人鬼に、全身の毛が総毛立った。

ゆっくりと心が絶望に染まっていく。



もう駄目だ


諦めちゃ駄目だ


  戻る 
1/3
- ナノ -