蒸し暑く、寝苦しい夜のことだった。 もう暦の上では秋だというのに、風の無い熱帯夜で、どうしても寝付けなかった私は庭に出た。 涼しげな水音に誘われるようにプールへと足を向ける。 水の中では、人魚が気持ち良さそうに泳いでいた。 「まだ起きてたの?」 プールサイドにしゃがみこんで話しかけると、人魚は大きく口を開けて見せてから、何やらぱくぱくと口を動かした。 「え?なあに?」 心持ち身を乗り出して聞き取ろうとした私の腕ががしりと掴まれる。 えっ、と思った時にはもう水中に引きずり込まれていた。 ばしゃん!と派手な水音が上がる。 「こら、ジェイドくん!」 「すみません。貴女があまりに暑そうにしていたので、つい」 私をプールに引っ張り込んだ犯人はにこやかに笑っていた。 確かに水の中は冷たくて気持ちがいい。 「ふふ、どうですか、水の中は」 「冷たくて気持ちいいね」 「それは良かった」 「もう……いたずらっ子なんだから」 あーあ、びしょ濡れだ。 パジャマ代わりに着ていたTシャツと短パンが濡れて身体に貼り付いている。 「ここからではあまり星が見えませんね」 ジェイドくんを見ると、彼は夜空を見上げていた。 「僕の故郷では、それは美しい星空が広がっていました。兄弟と一緒に……時には一人で、よく海から顔を出して見上げていたものです」 「ジェイドくん……」 「すみません。つまらない話を。さあ、もう上がって下さい。風邪をひいてはいけませんから」 「ううん、いいよ。私で良かったら、少し一緒に泳ごう。一人は寂しいもんね」 ジェイドくんは一瞬、虚を突かれた顔をしたが、すぐに笑顔になって私の身体を抱き締めると、長い尾鰭をしならせて力強く泳ぎ始めた。 「わわっ、ジェイドくんっ」 「付き合って下さるのでしょう?息を止めていて下さい」 ジェイドくんが私の身体を抱き締めたまま水の中に潜る。 そのまま彼はくるくると回転しながら水中を進んでいった。 例えるならアレだ。水中のジェットコースター。 楽しいけれど、息が続かない。 酸素を吐き出した私の口を覆うようにジェイドくんに口付けられる。 口移しで与えられた酸素のお陰で息苦しさは無くなった。 無くなった、けれど。 もう一度くるりと回ったジェイドくんが水面から顔を出したことで、私もようやくまともに呼吸が出来た。 「はあ……はあ、ジェイドくん、ひどい……ファーストキスだったのに……」 思わず涙目になってしまう。 ジェイドくんは金とオリーブのオッドアイをキラキラ輝かせながら笑っていた。 「それはそれは……嬉しい誤算です。では、改めてやり直しますね」 「えっ、んっ!」 ジェイドくんの綺麗な顔が近付いて来たと思ったら、唇が重なっていた。 何度か啄むようにキスをしてから、舌がぬるりと侵入してくる。 「ん……んぅ……ゃ……」 巧みな口付けに翻弄されるばかりだった私だが、不意に胸に触れた大きな手の平にギョッとして、慌ててジェイドくんの身体を押し離した。 「だ、だめ!」 「なまえさん」 「こんなこと、もうしたらだめなんだからねっ!」 名残惜しそうなジェイドくんを振り切り、プールから上がる。 部屋に駆け込んで溜め息をつく。 危なかった……。 「残念。流されてくれませんでしたか……どうやら攻め方を変える必要がありそうですね」 |