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我が家の庭のプールには人魚が棲んでいる。

ポンプで海水を汲み上げ、定期的に排水するシステムのお陰で、常に新鮮な海水で満たされたプール。
一日の大半を彼はその中で過ごしていた。

彼の名前はジェイド・リーチ。

顔から身体の中心線は蒼白く、そこからは鮮やかな深緑の皮膚が続いている。
筋肉質な上半身を惜し気もなく露出させ、くびれた腰から下へ長い尾鰭が揺蕩うその姿は、正真正銘、人魚そのものだ。

彼はナイトレイブンカレッジという学園に通う学生で、ある日散策していたところ、いわゆるフェアリーリングと呼ばれる円形に生えたキノコの輪を見つけたのだが、それが突然光り出して気がついたら見知らぬ土地に立っていたらしい。
魔法薬で人の姿に変身していた彼は、彷徨い歩く内に薬の効果が切れて人魚の姿に戻ってしまったのだとか。
効果が切れる前に何とか本能で海に辿り着いていたから良かったものの、危ないところでしたと彼は語った。
そうして海で途方に暮れていた彼を見つけた私は、怪しげな組織に捕まって人体実験されたり見世物にされるのを危惧して我が家に連れて帰ったのだった。

以来、彼は庭のプールで暮らしている。

食事を乗せたワゴンを運んで行くと、彼はプールサイドに座り、長い尾鰭をプールの中に浸けながら読書をしていた。

「ジェイドくん、ご飯だよ」

「すみません。ありがとうございます」

本を閉じて穏やかに微笑む彼は、理知的な美青年といった風情だ。

食事は朝昼晩におやつと夜食を加えた一日五食。

「恥ずかしながら燃費が悪くて直ぐにお腹がすいてしまうんです」

という彼のために、量は出来る限りたっぷりと。
がっついているわけではないのに綺麗に平らげていく様子は、見ていて気持ちの良い光景だった。

「何か食べたいもののリクエストとかある?」

「そうですね……やはり、キノコを使った料理でしょうか」

「キノコね。了解。ジェイドくんはいつもお腹いっぱい食べてくれるから作り甲斐があるよ」

「貴女の作る料理はどれも美味しいですから」

ジェイドくんは食べ終えたばかりの唐揚げを指差して言った。

「特にこの唐揚げなんて絶品です。是非ともアズールに食べさせてあげたいですね。きっと絶賛するはずです」

アズールくんというのはジェイドくんの幼馴染みで、同じ寮の寮長を務めている子だそうだ。

元いた世界の話をする時のジェイドくんは少し寂しそうに見える。
それも当然だろう。
彼はまだ十代の少年なのだ。
突然たった独りで異世界に放り出されて故郷を懐かしく思わないはずがない。

僅かに瞳を揺らしたジェイドくんの頭を胸に抱え込むようにして抱き締める。

「大丈夫。いつか必ず元の世界に戻れるよ。それまで私に出来ることは何でもしてあげるから。何でも言ってね」

「ありがとうございます。優しいですね、貴女は」

泣きそうになっているのだろうか。
声が少し震えている。
庇護欲をかきたてられて、私は自分の胸に顔を埋めているジェイドくんの後頭部を優しく撫でた。
すると、応えるように両腕が回されて、ぎゅうと抱きついてくる。
私よりもずっと大きな身体をしているのに、いまのジェイドくんは、まるで迷子になった幼子のようだ。

かわいそうだけど可愛い。

「なまえさんの胸……柔かくていい匂いがして、とても気持ちがいいです」

「こらっ」


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