「そうだ、レオ君。真奈チャンを部屋に連れていってくれるかな?」 後ろで手を組んだ白蘭が笑顔を真奈に向ける。 「じ、自分がでありますかっ!?」 「そんなに緊張しなくて大丈夫、真奈チャンなら暴れたりしないでいい子にしてるからさ。ね?真奈チャン」 真奈は白蘭から目を逸らして青年を見上げた。 彼は困ったような顔をしている。 しかし、それはたぶん──。 「…わかりました。お部屋にお連れするだけでいいんですよね?」 「そうそう。頼んだよ、レオ君」 「は、はい」 青年はおずおずと真奈に歩み寄り、手を貸して彼女を立たせた。 後ろ手に拘束された真奈の手を見て、白蘭にもの問いたげな視線を向ける。 「白蘭様、あの…」 「ああ、いいよ、解いちゃって」 白蘭は軽く手を振って許可を出し、ソファに座った。 青年はほっとした顔で真奈に向き直り拘束を解いた。 「こちらです」 青年に背を支えられながら真奈は部屋の外に出た。 清潔だが無機質な感じのする白い廊下を歩いて、カード式の鍵のあるドアの前まで連れて行かれる。 青年はIDカードらしきものを出すと、それでドアを開き、真奈を中へと入れた。 白い壁に囲まれた部屋の中には、それなりに高級そうな家具がいくつか置かれていた。 人質のための牢獄としてはかなり上等な部類に入るだろう。 ベッドを見た途端どっと疲労感が込み上げてきた。 白蘭と対峙している間中ずっと気を抜かないように緊張し続けていたせいだろう。 あっと思った時には、ふらついた足がもつれていた。 素早く手を伸ばした青年に抱き支えられ、何とか転ぶのだけは免れる。 「…必ず助けます」 甘い声が低く耳に囁きかけた。 先ほどまでの青年のものではない、もっとよく知る男の声。 懐かしさと安堵で涙が出そうになった。 「もう少しだけ我慢して下さい」 真奈は頷くかわりに僅かに顎を引くことで了解の意思を伝えた。 “彼”の本当の名前を呼ぶのはおろか、“彼”の正体に気づいている素振りを見せることすら非常に危険な行為だというのは、超直感でなくともわかる。 真奈の瞳に涙が滲んでいるのを見て、男はふっと優しく耳元で笑った。 「だ、大丈夫ですか?」 再びレオナルド・リッピに戻った青年が、いささか慌てたような声で尋ねる。 「さあ、横になって下さい」 真奈は彼の手を借りてベッドに横たわった。 上から羽布団を掛けられる。 天井近くに監視カメラらしきものがあるのが見えた。 盗撮か、とむっとしたが声には出さない。 そもそも相手は、初対面の女子中学生をいきなり縛りあげて転がしてニヤニヤ観察するような男なのだ。 「それでは、失礼します」 レオナルドが挨拶して部屋から出ていく。 その姿を見送って目を閉じた真奈の心は、未来にやってきて以来初めてほんの少しだけ軽くなっていた。 |