「ヒバリさん…!」

泣き声に近い声で呼びかけられ、雲雀は薄く瞳を開いた。

そのままぼんやりと真奈の顔を見つめていた雲雀は、やがて、自分が彼女の膝を枕にして床に横たわっている事に気づくと、身動ぎして彼女から離れようとした。
真奈が慌ててそれを制する。

「動いちゃダメです、じっとしてて下さい」

「…汚れるよ」

抑揚に乏しい小さな呟きが真奈の耳に届く。
雲雀が言わんとしている内容を悟った途端、喉の奥からゴツゴツしたものが込み上げてきた。
雲雀は、自分の血で真奈の服が汚れる事を心配しているのだ。
自分が泣きそうになっている事に気が付いた真奈は、ぐっとそれを堪えた。

怪我をしているのも痛いのも苦しいのも、雲雀なのだ。
そんな彼の前で馬鹿みたいにわぁわぁ泣き出すのは絶対に嫌だった。

(しっかりしないと…)

何か今の自分でも出来る事を探すんだ。
そう決意して、とりあえず可能な限りの手当てを行おうと決めた。

まずは雲雀の身体を見る。

改めて見ると本当にひどい。
いつも清潔でさっぱりとしている白いシャツは汚れ、あちこち血が滲んでいる。
胴体のみならず、端整な顔も痣だらけで酷い有り様だった。

さっと辺りを見回すが、コンクリートが剥き出しになった廃屋の一室には手当てに役立ちそうなものは見当たらない。

真奈は傍らに置かれていた自分のスクールバッグから水のペットボトルとフェイスタオルを取り出すと、タオルを水で濡らした。

「ヒバリさん、しみるかもしれませんけど、ちょっとだけ我慢して下さいね」

雲雀の瞳が一度だけゆっくりと瞬く。
それを無言の肯定と受け取った真奈は、濡れたタオルをそっと雲雀の顔に近づけた。
痛くしないよう気をつけながら丁寧に血痕を拭き取っていく。

小さく息を吐き出した雲雀に不快そうな様子はなく、どちらかと言えば気持ち良さそうにみえる。
まさか、と手の平を彼の額に当ててみると、やはりそこはほんの少し熱を持って火照っていた。
傷のせいで発熱しているのだ。

少しでも冷やせればと真奈はさっき顔を拭いたタオルを畳み直し、更に濡らして雲雀の額に置いた。

問題は胸から腹にかけてだ。
シャツ越しに触れただけだから正確な判断は出来ないが、たぶん骨折している。しかも何本も。

本当ならば布で縛るかどうかして固定すべきなのだろうが、手足ならともかく、場所が場所だけに怖くて手が出せなかった。
素人の真奈が下手に動かして、もし折れた骨が内蔵を傷つけたりしたら後悔してもしきれない。
今は動かさないよう注意しつつ様子を見るしかないだろう。



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