廃虚となった建物の天井一面に広がる、桜、桜、桜……。
あり得ない光景だ。

しかし、厄介な奇病を抱えた雲雀の身体は間違いなくその“桜”に反応していた。
激しい目眩に蝕まれ、四肢から力が抜けていく。
そうでなければ雲雀恭弥ともあろう男がこれほどまでにあっさりと敗北を喫する事などなかったはずである。

「何故桜に弱いことを知っているのか?って顔ですね」

骸は薄く笑んで、掴んでいた雲雀の黒髪から手を離した。
支えを失った雲雀の身体が前のめりに倒れかける。
咄嗟に床についた腕でかろうじて倒れ伏すのだけは免れたものの、散々に痛めつけられた身体ではそれが限界だった。
反撃すら出来ない屈辱に目が眩む。

「教えてあげましょう。真奈さんが教えてくれたんですよ。ベッドの中で……ね。従順ないい子だ」

──嘘だ。

明らかに挑発の意図を持って放たれた言葉は雲雀の真奈に対する信頼を揺るがせることは出来なかったけれども、ただでさえ煮え滾っていた怒りに油を注ぐ結果となった。

憎らしいほどの余裕に満ち溢れた骸の顔を睨みつけ、雲雀はギリッと奥歯を噛み締める。
視線で人を殺せるならば、目の前の男はとっくに八つ裂きになっていただろう。

クフフフ…という笑い声とともに、廃虚の床を移動する革靴の音。
骸が足を向けた先にはソファの上で眠る少女の姿があった。
薬か、それともおかしな術をかけられたのか。
何をされたかは正確には分からないが、雲雀がこの黒曜ヘルシーランドに駆けつけた時にはもう既に少女はこの状態だった。

ふっと眼差しを和らげた骸は、先ほどまで侵入者を容赦なく痛めつけていた同じ手で優しく真奈の髪を撫でてやっている。
その光景を目にした雲雀の身体の中で激しい炎にも似た何かがカッと燃え上がった。

「…触るな…ッ!」

肺が破裂しそうな痛みに襲われ、血の塊を吐き出しながらも、身を起こして男を睨みつける。

触るな触るな触るな。
その子は僕のものだ。

「おや。まだ動けるんですか」

意外そうに言って、骸はソファから離れた。
そうして禍々しい微笑を浮かべながら雲雀へと歩み寄ってくる。

「その根性だけは認めてあげますよ。ですが……無理はいけませんね」

大人しく寝ていなさい。
優しげな声音が耳に届いたかと思った次の瞬間、灼熱の激痛が身体を貫き、それきり雲雀の意識はブツリと途切れた。



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