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今宵のロンドンは霧で覆われていた。
乳白色のそれが通りを埋め尽くし、視界を遮る。
だが、ナイトバスはそんな障害をものともせずに勢いよく走り、いつものように派手な急停車を決めて漏れ鍋へと到着した。
霧の向こうを見透かしたクロリスは、黒い人影を見つけて、あっと声を上げた。
外套を着た長身の男──
何時に到着するか伝えていなかったというのに、ルシウスは漏れ鍋の外でひっそりと佇んでクロリスを待っていてくれたようだ。
黒い外套が夜露で濡れるのも構わずに。

「父さま!」

バスのステップを半ば転がるように駆け降りてルシウスの胸に飛び込む。
抱きしめられた温かい胸からは、微かに上品な香水と葉巻の匂いがした。
時によると官能的にも感じられる懐かしい香りが。

「ああ……父さま…」

それきり言葉が出て来ない。
もう随分長い間ルシウスの顔を見ていなかった気がする。

「よく来てくれたね。待っていたよ、クロリス」

そう言って、ルシウスはクロリスの頬に唇を寄せた。
そうして、クロリスの片手で肩を抱き、もう片手に荷物を持つと、漏れ鍋のドアを開いた。

「さあ、おいで。急いで支度をしなければ」

「支度?」

店主が案内しようと歩み寄って来るのを手で制して二階へと続く階段に向かう。
確かこのパブの二階は簡易宿になっているはずだ。
どうやらそこに部屋を借りているらしい。

「そう。新しいドレスを買ってあるから、まずはそれに着替えなさい」

階段を上がっていき、突き当たりの一番大きいと思われる部屋へクロリスを導くと、ルシウスはベッドの上に広げられたドレスローブを見せて言った。
「これから二人で一緒に食事をしよう」と。


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