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通りには珍しく乳白色の濃い霧が満ちていた。
窓の外では、マグルの街の灯りが瞬いているはずだが、それらは分厚い真紅のビロウドのカーテンに遮られてしまっていて、今は見えない。

クロリスは諦めて窓辺へ向けていた視線を手元へと戻した。
純白のクロスの敷かれたテーブルには、赤々と燃える燭台の炎に照らされた料理の皿が整然と並んでいる。
魔法使いの中でも上流階級の者だけが利用するのだというレストランに相応しく、一つ一つのテーブルが衝立てと真紅のカーテンで区切られている為、他の客の眼を気にする必要は無かったが、時々そよ風のようにカーテンの彼方から微かな話し声が届いてくる。
逢い引きにも密談にも丁度良いこの店をルシウスはたぶん今までに何度も訪れているのだろう。
いかにも物慣れた様子で食事を進めている。

「手が止まっているね。口に合わなかったかな?」

上品な仕草でフォークを操っていたルシウスが、ふと微笑んで言った。
冷ややかな色をした瞳が気遣わしげな光を宿してクロリスを見つめている。

「直ぐに代わりの料理を──」

「ち、違うの!…父さまと二人きりで外で食事をするなんて初めてだから……少し、緊張していただけ。お料理はとっても美味しいわ」

クロリスは恥じらいながらそう答えた。
──そう。
まるで、恋人同士のようだと思っていたのだ。
父娘ではなく。

「それなら良いが……私に遠慮する事はないのだよ。今日は二人きりなのだからね」

「はい、父さま」

ルシウスの甘い微笑も、耳に心地よく響く声も。
今は自分だけのものなのだと思うと何だか擽ったい。
普段から優しい父ではあるが、気のせいか今日はいつもよりも更に優しい感じがする。
それに……いつもよりずっと『男』を感じさせる何かがあった。

注がれる眼差しの熱に耐えられず、クロリスは項までほんのり赤く染めると、項垂れて自分の膝の辺りを見つめた。
今夜は本当に変だ。
自分も。父も。

そういえば、こうして過ごす事になったのも、ルシウスの些か強引とも言える呼び出しに端を発するものだったのだと思い出す。

通常、ホグワーツに在学中の生徒はクリスマスと夏期休暇以外で学校の外に出る事は許されていない。
例外はホグズミードへ行く週末だけだ。
しかし、クロリスは知らなかったのだが、実際には保護者からの特別な要望がある場合は一時的な外泊が許可される事もあるのだという。
それをクロリスはアンブリッジに告げられて初めて知った。

「ミス・マルフォイ、貴女のお父様からお手紙を頂きました。何でも急なご家庭の事情で、一泊だけ帰宅を許可して貰いたいとの事です」

少女趣味そのもののピンク色で埋め尽くされた執務室の中、ルシウスから送られてきたらしい羊皮紙をデスクに広げて、裾にフリルのついたピンク色のローブを着たアンブリッジはにっこりと微笑んでみせた。
本人は愛らしい笑顔だと思っているらしいが、大抵の生徒は顔をひきつらせる事だろう。
だが、それ以上にあまりに唐突な言葉に驚いていたクロリスは、眼を丸くして思わず聞き返していた。

「父が手紙を?」

「ええ、そうですよ。急いだほうが良いでしょう。直ぐに支度をなさい。校門を出たらナイトバスを呼ぶよう、お父様からのお手紙に書いてあります。それでロンドンの漏れ鍋へ来るようにと、ね」

あっさりと外泊の許可が降りた事と、父の急な呼び出しに面くらいながらも、クロリスは言われた通りに慌ただしく支度をすると、ナイトバスに飛び乗ったのだった。


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