「車で送ってあげられればいいんだけどねえ……うちの人は怪我をしてて運転出来ないし、お隣りさんも今日は娘さん夫婦のところに泊まりに行ってるから」

村長の奥さんはすまなそうに言って、なまえに今夜一晩泊まって行くように勧めた。
そして、まだ若い娘さんだからと気を遣って、男性がいる自宅ではなくこの公民館へと連れて来たのである。

風呂はここに来る前に村長の家で夕食をご馳走になった時に湯を借りたので問題は無いし、公民館にはトイレが備えつけてあるので安心だ。

問題があるとすれば、一晩の間完全に一人きりであるという事ぐらいだったが、それは怖がりななまえにとっては非常に切実な問題だった。
致命的と言ってもいい。


「ポットにお湯が入ってますからね。喉が渇いたら遠慮なくどうぞ」

「有難うございます」


布団を敷き終え、いつでもお茶が飲めるよう支度を整えると、村長夫人は怪我をしている夫の様子を見に戻らなければならないからと、相変わらず善人そのものの笑顔で言って、公民館を去って行った。

これで、本当の本当に一人きり。
朝まで完全に独りぼっちになってしまった訳だ。

人残されたなまえはする事も無く、広い座敷の中央にポツンと敷かれた布団の上に座り、不安げに辺りを見回した。
携帯を取り出してみるが、圏外なので通話は勿論ネットもメールも出来ない。
村長の家で、どうも帰れなくなったみたいだと赤屍にメールした時には確かにアンテナが立っていたのに。


「あ、そうだ」

ふと思い付き、教授に持って行く予定の資料の入った箱を開く。
中には厳重に梱包された包みと何冊かの古い和綴じの書物が入っていた。

包みはそのままにしておくとして、勉強になるかもしれないと、書物のほうに目を通してみる事にする。
何気なく開いたページには、苦悶の表情を浮かべた人間の生首から何かの植物が生えているやけにリアルな挿絵が描かれていた。


「…………」


なまえは直ぐに書物を箱の中に戻した。
出来るだけ布団から離れた場所へと箱を追いやる。

教授に渡すまでもう絶対あの箱は開かない。
開きたくない。
というか、出来ればもう触りたくない。


カチカチカチカチ……


携帯のボタンを操作する音だけが静寂の中に響く。

暫く受信Boxのメールを読んで暇を潰していたなまえだったが、電池の残量を示すアイコンが残り一つになったところで、渋々携帯の電源を切った。

日帰りのつもりだったので当然充電器は持って来ていない。
何か──考えるのも嫌だが、何かが起こって誰かに連絡を取る必要が生じた時の為に、電池を残しておかなければならないだろうと考えたのである。
アンテナが立つ場所まで逃げのびられたなら、の話だが。
いざ助けを求めようとして携帯を開いた途端電池切れになったりしたら、それこそパニックで死ねる自信があった。


そうして、いよいよする事が無くなってしまったなまえは、ついに覚悟を決めた。
電気を消し、寝る為の努力するという、覚悟を。

電気のパネルは座敷の入口近くにある。
なまえは電気を消すと、急いで布団へと引き返した。
ふかふかの布団の中に潜り込み、頭まで掛布団を被る。


耳が痛くなるような静寂。


暗闇の中、襖がすーっ……と開く音がするのではないかと耳を澄ます内に、緊張からか、布団を被っているせいか、じわりと汗が滲んでくる。


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