「……幽…霊……?」


なまえは、すーっと血の気が引いていくのを感じた。

毎晩隣から聞こえてきた音──。
あれは生きている人間の話し声ではなかったのだ。


「まあ、実際に見て確認したほうが良いでしょう。空室なら鍵はこちらで保管してあるはずですよね」


すっかり萎縮してしまった担当者を急き立てて、赤屍はその部屋を見せて貰う手筈を整えた。
なまえも怯えながらも一緒に隣室に向かった。
幽霊がいる部屋を覗きに行くなんて、平素ならば怖くてとても出来なかっただろう。
でも、どうしても確かめずにはいられなかったのだ。


「……本当に誰もいない……」


褪せた色をした畳。
長い間、人が住んでいなかった場所特有の、埃っぽい空気。
不動産屋が持っていた合鍵で開かれたドアの向こうに広がる虚ろな室内をなまえは呆然と眺めた。

ふと、ある壁に目が止まる。

そこはちょうどなまえの部屋と隣接している壁だったのだが……──


「赤屍さんっ!」


悲鳴に近い声で赤屍を呼び、なまえは彼の腕に縋りついた。
そうせずにはいられなかったのだ。

壁には、無数の蛾とおぼしき虫の死骸がこびりついていた。
ちょうど、二つの人影の形に。
それはまるで、二人の人間が顔を寄せ合ってなにごとか話しているかのようだった。


「なるほど……あれが話していたんですね、毎晩」


担当者の男ですら蒼白になって絶句しているというのに、赤屍はごく冷静な口調で静かにそう呟いた。


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