その後は暫く慌ただしかった。
ただ、何もかも赤屍が素早く手を回してくれたお陰で、なまえはいま何者にも悩まされることない場所に──赤屍のマンションに移り住んでいた。
とてもあのアパートに住み続ける事は出来なかったからだ。

あの後、赤屍が不動産屋の不手際を指摘したらしく、敷金と礼金分に多少色がついた金額は取り戻せた。
それで新しいアパートを探して引越す事も出来たのだが、なまえはそうせず、赤屍の申し出を有り難く受け入れて彼のマンションに居候させて貰う事にしたのだった。


「あの声……」


お気に入りのティーカップにお気に入りの紅茶を注いで貰いながら、なまえはずっと疑問に思っていた事を口にした。
赤屍の切れ長の双眸がこちらを見守っている。


「何を話してたんでしょうか?」


どうしても聞きとれなかった、話し声の内容。
赤屍ならば知っているのではないかと思ったのだ。
しかし、


「知らないほうが幸せですよ」


赤屍はそう笑って、ぽんぽんと、軽く自分の膝を叩いてみせた。
素直に身を寄せたなまえを抱き上げて膝に乗せ、その髪を優しく撫でる。


「ですが、あのアパートには感謝しなければいけませんね」

「どうして?」

「じっくりと攻め堕とすつもりでいたのですが、お陰で予定より早く貴女を手に入れる事が出来ましたから」


囁いた唇が、濃厚で情熱的な口付けを仕掛けてくる。

なまえは「あれ?」と思わずにはいられなかった。
危険は去ったと思っていたのに。

幽霊アパートから逃れた先は、美しい魔物の棲む鳥籠だった。


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