密航はお静かに [1/2]
ある晴れた日の事だった。
太陽の下、背筋を伸ばすと、気持ちいい風が吹き抜けた。
「シャチ、交代の時間だぞ」
「おう、あと頼むわ」
先ほど出た島はいつの間にか小さくなっていて、ようやく甲板へ降りたおれは、仮眠を取るか、先にメシを食べるか、迷っているところだった。
腹の音を聞きながらあくびを噛み締めていると、どこからか乾いた音が聞こえた。
不思議に思って振り返るが、甲板には誰もいない。
「疲れてんのか…」
それを寝不足のせいだと結論付けて、船室への扉を開いた時だった。
「めっけー!!」
「うごぶっ!!」
物陰から突然飛び出してきた物体に背後からタックルと食らうと、おれはそのまま甲板とこんにちはをした。
空腹と相まって注意力の低下してるおれには大ダメージで、前後不覚になりパニックになった。
それなのに、飛びついてきた物体は嬉しそうにおれを呼んだ。
「お兄ちゃんだー!」
「えっ?なっ!どっ…!」
なんで、どうして、いつのまに、どうやって。
疑問はひとつも言葉にならず、慌てふためいても目の前にある懐かしい顔は変わらない。
「名前っ!?」
「そうだよー!」
変わらないどころか、記憶と同じ弾けるような笑顔で抱き着いてきた。
訳も分からずされるがままになっていると、おれの叫び声を聞きつけたらしい足音がやってきた。
「どうした!?シャチ!」
「だ、誰だっ!?」
「密航か!?」
見慣れない乗船者にクルーが騒然とする中、とある人物の登場で事態は更に一変した。
「おい、どうした」
「あ、ペンギン!それが…!」
「あーっ!ペンギンだー!」
「えっ?」
数年ぶりの兄妹の感動の再会も束の間、名前はおれを押しのけるようにしてペンギンに飛びついた。
騒がしい甲板に、比較的落ち着いた面持ちでやってきたペンギンも、その勢いに驚いたようで、名前を支えきれずに尻餅をついた。
「なっ、だ、誰だ!?」
「はぁはぁ…ぼうし…」
「は?」
ペンギンの威嚇するような問いにも答えず、名前は何故か鼻息を荒くしている。
目は興奮したように血走っていて、肩で息をしながらペンギンのつなぎを掴んだ。
「帽子を取ってください!」
「はぁ?」
そんな変質者のような姿に恐れをなしたのだろう、普段は冷静沈着なペンギンも途端に青ざめた。
「こっ…断る!」
「お願い!」
「やめろ!!」
あんなに焦ってるペンギンも、痴女のような妹も、見たことがなかった。
おれを含め、唖然とするクルーたちを尻目に、帽子を脱がそうとする名前と、それを拒否するペンギンの攻防が続いた。
なんだ、これ…
「何をしている」
そこへ響いたのは、神の声ならぬ船長の声。
甲板には緊張が走り、おれは慌てて名前をペンギンから引きはがした。
しかし、船長が無言で顎をしゃくったので、兄妹ともども膝を付くほかに道はなかった。
そこから、地獄の尋問タイムがスタートした。
「で?なんだ、こいつは」
「えーっと…ですね」
「え〜?船長さん、わたしと会ったことあるじゃん!もう忘れちゃったの?」
空気を読まずにヘラヘラと笑う名前に、もちろん船長の眼光も鋭くなり…
「あぁ?」
「すすすすんません!おおおれの妹っす!!」
「名前でっす!恋する乙女の16歳です!好きなものは可愛いものと美人さんです!」
視線だけで人を殺せそうな船長を、意にも介さず自己紹介できる名前は、ある意味大物になれるかもしれない。