Rachel

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ナデシコを君に [1/2]


※エセ関西弁注意

それは、もうすぐ部活が始まろうとしている時間で、遅刻しそうになり慌てて飛び込んだお手洗いでの出来事だった。

「苗字さんって、ノリ悪いやんなぁ」
「おん、反応遅いしなぁ」

扉一枚隔てた向こう側から聞き覚えのある声がして、個室を出ようと伸ばした手を止めた。

「天然なんやろ」
「確かに、この間のエリ子のボケにボケ被せてきた時には傑作やったわ」
「でも、こっちがツッコんだのにオロオロされるとシラけるわ〜」

それは同じクラスの友人だったが、会話の中に自分の名前が出た今、扉を開ける勇気はなかった。
震える手と扉の鍵が接触してカタリと音を立てたが、手を洗っているらしい水音にかき消されて彼女たちには聞こえなかったようだ。

「しゃーないやろ、東京の人やし」
「これやから東京人は〜、もうちょい笑いを勉強してほしいわ〜」
「でも、頑張れば立派なボケとしてやっていけるんとちゃう?」

ケラケラと笑いながら、フォローなのかどうかよく分からない会話を交わしてから水音が止まった。

「あ、もう部活始まるで!」
「ホンマや!部長に怒られる!はよ行こ!」

そうこうしている内に、彼女たちはパタパタとお手洗いから出ていってしまったが、名前は暫くその場から動けなかった。

「ノリ、って…」

確かに名前はどん臭くて彼女たちの速い会話のテンポについていけないことも、しばしばあった。
それでも、彼女たちとはよく喋る方だし、一緒にお弁当を食べたり、授業でグループを作るときは一緒だった。
自分の中ではクラスで一番仲のいい友人だと思っていたのに、彼女たちはそうではなかったのかと思うと、とても動く気になれなかった。

名前が親の転勤で大阪に引っ越してきたのは二年ほど前のことで、右も左も分からない転校生として扱われていた時期はとうに過ぎた。
初めは言葉や生活習慣など、内気で人見知りな名前には大変だったけれど、どうにかやってこれたと思っていたのに…

(なにが悪かったんだろう…)

結局、名前は部活に遅刻をして部長の説教を涙目で聞いた。

「苗字さん、ちょい一人で歌ってみ」
「え?」

顧問の先生がそう言うと、周りの視線が一斉に集まった。
これは、先生が個別に指導をしたい場合にはよくあることで、名前以外にも一人で歌わされる部員はよくいた。
しかし、悪い意味でも注目されるのが分かっているので、練習を中断させてしまった居た堪れなさと相まって、名前の心臓は高鳴った。

「さん、はい!」
「あ…」

そんな名前の心情など知らずに、先生はさっさと指揮棒を振って伴奏が始まった。
心の準備など出来ないまま、静まり返った音楽室に自分の声だけが頼りなく響いた。

発声がなってない、腹の底から声を出せ、全然聞こえない、それじゃあ居る意味もない。
そうやって散々叱咤されたあと、結局名前は個人練習を言い渡された。
それは周りの練習の妨げになるから、体よく追い出されたのと一緒だった。

(どうしよう…)

行き場をなくした名前は、ひとり屋上へと足を運んだ。
そこには誰もおらず、遠くから運動部の声援が聞こえるだけだった。
名前は大きく深呼吸をして天を仰いだ。
そうすると青い空が視界いっぱいに広がり、まるでこの世界には自分ひとりのような気分になる。

「歌おう…」

ようやく心を落ち着けた名前は、一つ息を付いてから小さく喉を震わせた。

本当は一人で歌う方が好きだった。
誰かと合わせようとすると、やっぱり気を遣うし、難しい。
何より、誰かに聞かれていると思うと緊張してしまって思うように声が出なかった。

(なんで部活が必須なんだろう…)

歌が好きだからと入部したが、結局あるのはコンクールなどの大会。
苦手だからといって自分一人のせいで調和を乱すこともできないのが現実だ。

好きな歌を好きなだけ歌いたい。
ただそれだけで、誰かと競いたいわけでも、誰かに評価してほしいわけでもない。
でも、聞いて欲しくないわけでもなくて、そのくせ人前では緊張して上手く歌えない。

いつまで考えても答えなんてなくて、情けなさとジレンマで押しつぶされてしまいそうだった。
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