ただのラブレターだ [1/3]
それは小さくて、とても弱々しい少女だった。
もちろん、白ひげから見れば誰でも“小さい”と形容されてしまうのだが、中でも少女は飛び抜けていた。
可愛らしさとか、儚さとか、繊細さとか、この海賊船では無縁な言葉がよく似合った。
だからだろう、細く小さな肢体と怯えたような瞳が、白ひげの巨体に卒倒するのも無理はなかった。
無理はなかったが、いつも豪快で懐の深い白ひげが肩を落としたのも、また致し方ないのである。
(まさか、泡吹くとはなぁ…)
パニックになり逃げ惑われたことや、震えて腰を抜かされえたことはあるが、流石に気絶されたことはなかった。
白ひげは点滴を替えにきたナースに朝食を下げさせて、いつものように酒を呷った。
今日の酒はどこか悲しい味がする。
ほどほどにしてくださいよ、というナースの声を無視して、白ひげは部屋を出た。
「おう、おめぇら早ぇな」
「あ、オヤジ!」
「おはようございますっ!」
甲板へ顔を出すと、既に動き出していた船員たちが嬉しそうに挨拶をしてくる。
どうやら昨日指示した通り朝一で船を動かしたらしく、島が目視できる位置にまで来ていた。
「オヤジ、モビーじゃこの辺りが限界だよい」
この辺りは浅瀬が多く、大きなモビー号で島に接近するのは無理があった。
島によっては小船で上陸することもあったので珍しいことではないのだが、面倒ではあった。
もちろん、それは“小船の用意を指示する長男が”の話だが。
「おい、ストライカー用意しとけ」
「はいっ!」
2番隊の隊員にそう指示したマルコは、小さくため息をついた。
どうやら少女と何かあったらしく、医務室に行ったあとから機嫌が悪い。
もちろん、白ひげに八つ当たりしたり、直接愚痴るような男ではないが、クリスティーナの話によれば少女にセクハラしたんだそうな。
マルコにそんなつもりはなかったのだろうが、クリスティーナの微笑みの裏の黒い気配に、弁明の余地すら与えてもらえなかったのだろうと想像がつく。
(あのマルコが女に言い負かされたとはなぁ)
そう聞くと、それはそれで面白い。
「オヤジ…なに笑ってんだよい」
「グララララ!何でもねぇよ」
白ひげがいつもの椅子へ腰かけると、マルコは不満そうに眉間にシワを寄せた。
珍しく長男がヘソを曲げていると、ワイワイと騒がしい音が甲板へやってきた。
「ちぇー、もうお別れかー!」
「そんなに別れたくないなら、お前も降りたっていいんだぞ?」
自慢のリーゼントを揺らしたサッチに、イゾウが意地悪そうに答えた。
そうじゃねーよ!と焦るサッチを尻目に、イゾウが妖艶に笑いながら煙管を燻らす。
そんな、よくある光景を白ひげが微笑ましく見守っていたら、視線に気付いた二人が近付いてきた。
「オヤジ、サッチが船を降りたいそうだ」
「だから、ちげぇって!せっかく仲良くなったのに、寂しいなぁーって話だよ!」
「別に言うほど仲良くなってないだろ、お前」
「うっせ!おれとリルちゃんはもうお友達なの!」
イィーッと子供みたいに歯を見せたサッチは、別れを惜しみながらも、どこか上機嫌だ。
その理由をエミリーから聞いていた白ひげは、思わずため息をついてしまった。
(ったく、料理を褒められるとコレだからなぁ)
調子のいいサッチをどうしようもないと思いながらも、コックの性を咎めるつもりは毛頭ない。