Rachel

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責任を取って慰めるとしよう [1/2]


オヤジを打ち負かすほどの豪腕らしい。

いつの間にか船中の噂になっていた人魚は、一部では“オヤジを泣かせた女”と恐れられていた。
だが、目の前にしてみれば、なんのことはない。
ただの幼い少女だ。
サッチやエース、4番隊の隊員に囲まれているのをしばらく傍観したが、逆に泣かされそうになっていた。

(噂とは当てにならないな)

イゾウは心の中で呟いてから、お気に入りの焼酎が入った一升瓶を手に取った。
今宵は16番隊が見張りにつくことになっていて、長い夜を酒と共に過ごすのはイゾウにとっては常だった。
今回も隊員たちと晩酌をしながら見張りに立とうと、盃を数口持って部屋を出た。

結局、リルは明日になったら島まで送り届ける、ということで白ひげとも話がついたらしく、あとからやってきたクリスティーナがそれを伝えた。
確かにもう夜も更けており、今から帰るのでは危険だろう。

そう納得した一同は食堂から解散して、各々の部屋へと戻った。
リルは医務室の奥にあるベッドで休むらしく、クリスティーナに連れられてその場を去った。
今頃、床に就いているだろう。

そう、就いているはずなのだ。
それなのに、

(なんだ、アレは…)

薄暗い廊下に桜色の髪がフワフワと揺れて、ポツリポツリとある灯火が、その白い肌に陰影をつけている。
少女はしきりに首を動かして、どこか挙動不審だ。

(まさか、迷子…?)

トイレにでも出たのだろうか、この船は大きいから迷子になったとしても不思議ではない。
しかし、医務室にもトイレはある。
そもそも彼女が一人でうろついているのはおかしい。

夜勤のナースがリルだけで医務室を出すとは考えにくい。
しかも、曲がり角から顔を覗かせて辺りを窺っている様子は、うっかり迷子になった人間の動きではない。

(まさか…)

どう見ても怪しい動きをしているリルに、イゾウは背後からそっと歩み寄った。

「もうお帰りで?お姫さん」
「っ!?」

大げさに肩を揺らして振り返った顔は驚愕に満ちていて、あからさまにうろたえた様子だ。
イゾウは予感が的中してしまったと思わずため息をついた。

「今すぐに帰らなきゃならない理由でもあるのかい?」

明日になれば島まで送り届けてやると、白ひげが言っているのだ。
わざわざ抜け出すなんて、一晩も待てないほど急いでいるのか。
それとも…

(予感が悪い方でないといいが…)

か弱いと見せかけて、とんでもない能力者かもしれない。
なんてったって“オヤジを泣かせた女”だからな。

食堂で4番隊の隊員に囲まれていた時と同様に、リルは肩を震わせ涙目になっていた。
あと時はなんて小さくて儚い存在か、と思ったが今は違う。

少女はポケットを探って紙とペンを取り出した。
それは食堂でエミリーが持っていたもので、震える手で文字を綴った。

“仲間が待ってるから”
「だったら挨拶くらいしていったら、どうなんだ?オヤジに」
「っ…」

確かに釣り上げた非はこちらにあるが、だからといって黙って出て行くなんて非常識じゃないだろうか。

疑っているせいか、口調が少しキツくなってしまった。
食堂で優しくした自分はどこへ行ったのだと自嘲したが、どうやら少女もその違いに戸惑ってるらしく目を泳がせた。
持っていた紙がクシャリと歪んでいた。

これで、のこのこ白ひげに挨拶に行くようなら、本当にただ早く帰りたいだけなのだろう。
堂々と挨拶に行くのなら、夜半に忍んだ意味がない。
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