Rachel

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そこは光も差し込まない暗い海底で、そのずっと上にはキラキラと輝く未知の世界があった。
わたしはずっとその世界に憧れていて、いつかその中へ飛び込めると期待に胸を膨らませていた。
叶うはずもないと知らずに…


* chase rainbows *


――え?太陽?いやいや、あれは月だよ

そう言って彼が笑った。
リルは恥ずかしさのあまり俯くしかなかった。
だって本物を見たことがなかったのだから。

――まぁ、今日は明るいからねー

盛大な勘違いをしていたリルを、彼はバカにするでもなく優しく教えてくれた。

――あれは月、満月だよ

見上げると、太陽と見まがうほど美しい月が闇夜を照らしていた。
暗い嵐に飲み込まれ、遭難しているはずなのに何故だろう、その月明かりはどこか心地よく弾む気分だった。

――そうだ、キミ名前は?

その問いにリルが何のためらいもなく答えると、彼は嬉しそうに笑った。

――そっか、リルっていうのか〜可愛い名前だね

彼の口がその名を紡いだだけで、何故か心臓が跳ねた。
初めて出会った人間に緊張しているのだろうか、それとも…
ふわふわと浮ついた気持ちの中、彼の一挙一動に目を奪われていた。

――あ、ちなみにおれの名前は…

「リル?」

しかし、夢のような世界はリルを呼ぶ声によってかき消されてしまった。
驚いて顔を上げると、そこにはシンがいた。

「え?」
「居るなら返事くらいしろ」
「あ、うん…」

気付けばそこは自分の部屋の中で、昨日の出来事を思い出して、物思いに耽っていたらしい。

「どうした?具合でも悪いのか?」
「う、ううん…大丈夫…あ、おかえりなさい」
「ん?あぁ…ただいま」

リルは慌てて取り繕ったが、いまさら無事に帰宅したことを喜んでも、シンは怪訝な顔をするばかりだった。
もしかして抜け出したことがバレたのだろうか。
昨日はなんとか見回りが交代する隙をついたハズのに。

「まさか寝てないのか?」
「えっと…」

確かに帰ってきたのは明け方で、それからずっとぼーっとしていたので睡眠はとっていない。
それなのに、ちっとも眠くならないのは気分が高揚しているからだろうか。
心配そうなシンに、睡眠をとったなんて嘘は通用しなかった。

「なんでちゃんと休まなかったんだ」
「あの、えっと…しっ、シンが心配で…」
「でも嵐で帰れないって、じいさんに聞かなかったのか?」
「うん、聞いたけど、でも大丈夫なのかなって…」

あながち嘘でもなかった。
数人で出かけたとはいえ、陸上で帰れずに一晩どんな風に過ごしているのか心配はしていた。
ただ彼に出会ったことで、すっかり頭から抜け落ちてはいたが。

そんなリルの心を見透かしたように、シンは深いため息をついた。

「…まぁ、いい。今日は勉強はなしだ」
「え?出かけるの?」

部屋どころか家まで出ようとするシンに、リルは思わず引き止めてしまった。
昨日の嵐でようやく帰ってきたというのに、まだ疲れてるんじゃないのだろうか。
リルが心配して追いかけると、シンは苦笑いをした。

「見回りの当番を代わってもらえるように頼んでくるだけだ」

流石におれも疲れた、とシンはリルの頭を撫でてから出かけていった。
その後ろ姿が、どこか彼と重なった。

――ここまでありがとう。キミも気を付けて帰るんだよ
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